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不穏なる一夜

 下野国 某所


「御屋形様がまた新参を雇ったらしい。しかも槍働きができそうにない牢人だという」


「たしかにその話は某も耳にしました。しかし彼は他国と兵法に通じているそうではないですか。しかも御屋形様が直接問答して雇うことを決めたとか。きっと優れた人物なのでしょう」


「やかましい。それだけではない。御屋形様は忍びの連中を士分階級として雇ったのだぞ。あの方は新参者を多く雇いすぎだ。我ら古参を蔑ろにするつもりか」



 犬王丸への不満を露わにしているのは小山家の譜代の重臣細井伊勢守だった。彼はある日の夜、有力な一族郎党を集めて密談を開いていた。目的は犬王丸への不満を一族間で共有することだったが、どうも様子がおかしい。伊勢守に集められた者たちの多くが伊勢守の犬王丸への不満に同意するどころか伊勢守を諫めるばかりだ。極一部の中には同意する者もいたが彼らは一族郎党の中でも才気に恵まれない者だった。



「伊勢守様、御屋形様が忍びを雇ったのも全ては今まで忍びを雇えなかった小山家のためなのです。新参が台頭するのは見てて愉快とは言いません。しかし御屋形様が重用しているのは能力ある者であって新参だからというわけでありませんぞ」


「左様、御屋形様が古参を蔑ろにしてはございませぬ。近年伸びてきた谷田貝も小さいとはいえ長年小山家に仕えてきた一族。先代と反りが合わなかった水野谷すら御屋形様は冷遇しておりませぬ」



 伊勢守を諫めるのは分流出身の者たちだ。本家には及ばないが一族ではそれなりに発言力がある者が制止してくる様子に伊勢守は怒りを加速させる。



「それは八郎の奴が御屋形様に心酔しているからに過ぎん。だが細井はどうだ。この間も儂の献策を無碍なく却下したのだぞ」



 伊勢守は酒を呷りながら犬王丸への非難をさらに続けた。そもそも伊勢守は先代の政長の頃から革新的な内政を快く思っていなかった。表向きは臣従しているように見せていたが、保守的な彼は典型的な武士で戦で手柄を挙げることを至上としていた。そのため商業や農業で小山を豊かにしようとする政長・犬王丸親子とは反りが合わなかった。八郎にはそのことに気づかれていたが特に大きな問題はなかった。


 初めは仲は悪いが、政長と合わなかった八郎を味方にしようとしていたが、八郎が犬王丸側についたことで伊勢守は重臣内でやや浮いた状態になっていた。政長の頃は政長の政策に不安を覚える重臣も少なからずいたが、政策が成功した今では多くの重臣が交易に力を注ぐようになるなど政策を受け入れている。それによって小山が豊かになっているのは事実だが、そのせいで政策に協力的だった大膳大夫家や右馬助家といった小山一族の権力が強まってしまい、対照的に非協力的だった細井家はやや発言力を低下させていた。


 それに対抗するために今回密談を開いて反犬王丸勢力を築こうとしたのだが、伊勢守の思惑は外れて一族郎党の多くが親犬王丸派で逆に伊勢守を諫めてきた。自分が一族内でも少数派であることを理解した伊勢守は激昂し、諫める声を封じてある命令を下す。



「山川家へ使いを出せ」



 なぜ山川家なのか理由を求める声を無視して伊勢守は使いの者に文を渡し使いに出させると、伊勢守は狂気的な笑みを浮かべてその理由を答えた。



「単なる縁談の打診だ。山川家と小山家のな」



 その意図を理解できない周囲の者はその真意を聞こうとするが、そのときある者が気づく。



「もしかして縁談というのは犬王様ではなく妹様の方なのでは……」



 その声に聡い者が伊勢守の真意に気がついた。



「もしや山川から婿養子を迎えるおつもりか!?」



 伊勢守は何も言わない。だがその沈黙が肯定だということに気づくのに時間はかからなかった。



「まさか山川の婿養子を新たに当主として立てるつもりか?正気に戻られよ、謀反になりますぞ。それに婿養子などそのようなこと御屋形様も他の重臣の方たちも許すはずがなかろう」


「だろうな。そんな蛮行を許すほど御屋形様もまわりの連中も愚鈍ではあるまい。だが考えてみよ。新たな当主を迎えれば我ら細井家は後ろ盾として小山家で絶対的な立場を手に入れられるのだ。一介の譜代に甘んじるのでなくてな。そうなれば誰も儂には逆らえん。あの大膳大夫すらもな」



 ごくりと誰かの喉が鳴る音が響く。それを聞いた伊勢守は笑みを深めた。



「揺らいだな。貴様らの御屋形様への忠義は所詮はそんなものか」



 周囲は何も言えない。完全に伊勢守の雰囲気に呑まれていた。それを理解した伊勢守が続ける。



「先ほどの文にはこう書いてある。婿養子は山川の兵と共に、とな」



 夜は深くふける。その闇の中に蠢くものがいたことに伊勢守をはじめ一族郎党らは最後まで気づくことはなかった。

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