異形の牢人
下野 祇園城 小山犬王丸
「では本日の稽古はここまでとしときましょう」
木刀片手に涼しい顔でそう告げたのは塚原彦右衛門。対して俺は地面には倒れることはなかったが木刀を杖にして立っているのもやっとの状態。息も完全に切れている。
日課である彦右衛門との稽古は日々厳しくなるばかりだ。彦右衛門は幼い俺に対しても容赦なく打ち込んでくる。初めは剣筋すら見えずひたすらぼこぼこにされていたが、最近になってようやくまともに打ち合えるようになった。もちろん彦右衛門も本気ではない。その証拠に打ち合えるとわかったら次第に木刀の振る速度がどんどん上がってきている。俺もそれに対応できるようになり、直撃を食らう場面は減ってきたが最後はいつもこんな感じで終わる。
「また腕を上げましたね。では次回も稽古の強度を強めていきましょう」
「ま、また厳しくなるのか……。そうだ、彦右衛門はこの後空いているか?」
「はい、空いております」
「ではこの後の城下の視察についてまいれ。たまには城下の様子を見るのも悪くないだろう」
「畏まりました」
彦右衛門の承諾を得た俺は行水で汗と泥を落としたあと、彦右衛門、谷田貝民部、弦九郎ら少数の家臣を率いて城下の視察へ向かった。
「お、若様じゃねえか」
「ほんとだ若様がきてくださったぞ」
城下のとある集落を訪れると農作業していた農民たちが手を止めて俺たちを歓迎する。なぜここまで慕われているかというと、家督を継ぐ前からよく城下に視察し一緒に農作業したり農業に関する助言をしたりと彼らとの信頼を築いてきたからだ。だから家督を継いだ今も俺のことを若様と呼んでいる。
「久しいな、権蔵。最近の村や田畑の様子はどうだ?」
「へい、おかげさまで病にも虫にもやられていませんぜ。村のみんなも誰ひとり飢えることもねえみてえです。ですがちと気になることがありましてな……」
「気になること?」
聞き返すと権蔵はやや躊躇いがちに口を開いた。曰く、ここ最近近くの廃寺にひとりの牢人が住み着いたらしい。その牢人は村で暴れたりせず近所の子供たちに文字を教えたり実害はないのだが、その風貌が異質で村人たちの中では不気味がっている者がいるという。
「なるほど、誰かその牢人のいる廃寺の場所がわかる者はいるか?」
「若様、もしかしてその牢人に会いにいくのですか?」
「そうだが。少々気になるからな。話を聞く限り野盗の類ではなさそうだが、実際に目にしなくては判断つかんしな」
村人からその牢人がいるという廃寺の場所を聞き出すと弦九郎らと共にそこへ向かう。廃寺に到着した俺たちが目にしたのは子供たちを集めて地面に字を書いているひとりの男だった。
その男の風貌は村人が言っていたように普通とは異なっていた。色黒で容貌は美麗ではなく、隻眼、身に無数の傷があり、足が不自由で、指もそろっていなかった。しかし俺たちはそれが戦傷によるものだと気がついた。
すると俺たちに気づいたのか男が顔を上げると俺に話しかけてきた。子供たちも空気を読んでかその場から離れる。
「これはこれはもしかして小山のお方ですかな」
「そうだが、そなたが最近ここに住み着いたという牢人でいいのか」
「村の人から聞いたのですかな。儂以外にここに住んでいないならそうでしょうなあ」
そういうと男はぽつぽつと自分がなぜここに住み着いたのか話し出した。
「儂はもとはもっと西の生まれなんですが、兵法を学びたいと武者修業しとるのですわ。京で兵法を修めたはいいんですが、なんせこのような見た目で仕官もままならず、諸国を放浪しとります。小山に行き着いたのも西から東へ東へ仕官先を探していたのが理由で住む場所なくここを間借りしてたんですわ」
男の話は達者で京や他国の情勢にも詳しかった。またさらに掘り下げると兵法に通じているのは事実なようでついつい兵法や政治について語り合ってしまった。最初は怪訝な顔をしてた
帰り際、牢人に特に問題がないことがわかった俺は男に声をかけた。
「なあ、もし行先にあてがないなら小山家に仕えてみる気はないか」
男は一瞬驚いたように見えたが、不敵に笑うとこう返してきた。
「小山家はこんな身なりでも雇ってくれるので?」
「はっ、俺がそなたがほしいから声をかけたのだ。身なりなど気にするか」
そう笑い返すと、男はそれまで浮かべていた軽薄な笑みをスッと消すと地面に膝をつけて頭を下げた。
「申し訳ありませぬ。儂は貴方様が小山の御屋形様だと知ったうえでこれまでのような態度をとっていました。しかしそこまで儂を買ってくれるとは武士の誉れ。改めてお願い申す。儂を小山家に仕えさせてくれませぬか」
男の殊勝な態度に連れたちは驚いていたが、俺は話している途中から男が自分の正体を察していたのを薄々気づいていた。おそらく俺を試していたのだろう。ただの子供だったなら俺の誘いを無下なく断っていたに違いない。ということは俺は合格だったのだろう。
「そういえばそなたの名を聞いていなかったな。名はなんと申す?」
「ははっ、改めまして某は山本勘助治幸と申しまする」
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