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開発と草案

 一五二九年 下野国 祇園城 小山犬王丸


 戦が終わり外交も一息ついたところで俺は様々なことに着手していた。例えば以前から小山の台地で栽培されていた蕎麦の実を麺状に調理した蕎麦切りを料理人と共に開発して新たな小山の名物にしたり、蕎麦や菜種と共に生産を奨励している養蚕ではできた絹を織物として加工させて他国に小山絹という名前で出荷させたりしている。


 蕎麦切りは何年か前から開発を進めていたがここ最近になってつなぎとなる小麦と蕎麦の適切な割合を発見してようやく完成に持ち込めることができた。蕎麦の実を持って新たな料理を開発したいといったとき、初めは料理人から怪訝な顔をされたものだが、試行錯誤の末についに蕎麦切りが完成した際には皆が泣いて喜んでいた。そして蕎麦に大事な汁は思川の水と川魚の出汁、醤を混ぜた物。現代の物ほどではないが納得できる味だった。


 それまで蕎麦の実の使い道は粥や蕎麦の実を粉状にしたものを水に溶かして焼いた蕎麦焼きなど雑穀の一種として食されていた。しかしこの蕎麦切りは今までの蕎麦の概念を覆す物だったらしく、家臣たちからも好評で小山の名物にすべきだという声まで聞こえてきた。


 養蚕については俺自身があまり関与することは少なかったが、開発担当の谷田貝民部が小山の商人と手を組んで小山産の絹を小山で織物に加工して小山絹という銘柄を立ち上げた。生産を奨励したおかげで絹の生産量は増大し、小山の職人は新たに絹を使った織物を織ることができた。この報せを受けた俺は民部に養蚕だけではなく小山絹の生産まで小山家が奨励、保護することを伝えた。一商人が立ち上げた銘柄よりその土地の領主が保護している方がより小山絹の知名度が上がり、他者からの介入を防ぐことができるからだ。実際小山絹は派手ではないが保護するに値する品物であり、今後小山家の他家への贈り物にも使えそうだった。


 こうして農業、産業面では少しずつ成果が出始めるようになってきた。まだまだ取り組みたいことはたくさんあるがそこは焦らず、じっくり事を進めたいと思っている。石鹸、蕎麦切り、小山絹と小山の名物が増えたことは今後の小山の商業にも大きく影響するだろう。すでに石鹸は関東のみならず京にも存在が知れ渡っている。蕎麦切りも小山絹もいずれは石鹸のように有名になってくれれば小山にとって非常に利になるはずだ。


 そして今俺が一番取り組んでいるのは小山家を統制するための法すなわち分国法の作成だ。分国法とは大名が国内支配の一環として制定された法令で主に訴訟の公平性を確保するのが目的にある。有名所では伊達家の塵芥集、武田家の甲州法度次第、今川家の今川仮名目録などが挙げられる。


 今後の小山家のことを考えるといずれ分国法が必要となる。幼い頃から父上に分国法について説いていたが父上が倒れてしまい父の代では分国法の作成は叶わなかった。今現在はまだ分国法の草案を作っている最中だがとにかくやるべきことが多く、なかなか思うように事は進まない。俺が目標としている分国法は史実の結城政勝が制定した結城氏新法度だ。なぜかというと結城氏新法度は近隣の結城が制定したことや人身規定、刑事・民事の訴訟・裁判手続、領国支配、家中統制など多岐にわたる内容が記されているからだ


 気風が近い結城の分国法は小山家に導入するにはいい教科書でもあり、特に家中統制では家臣の問題行動を咎める条文もある。同じ関東武士である小山家にも適応できるのではないかと考えた。


 草案は自分で考えた箇所もあるが、自分ひとりでは理想に走ってしまうので側近だけでなく重臣からも意見を取り入れた部分もある。弦九郎ら側近の意見も自分の考えと違ったところもあったし、重臣たちとは彼らの利益を制限するところもあるので意見がぶつかることもあった。しかし民事や刑事の訴訟などは統一すべきという点などは意見が一致したのでそのあたりは調整するのみで済んだ。


 しかしまだ草案は完成しておらずこれを正式に制定するまでは数年かかるかもしれない。個人的には早く完成させて小山家の統制を迅速におこないたいものだが物事はそう簡単には進まない。それでも蕎麦切りや石鹸、小山絹といった名産品を新たに生み出したことによって石鹸の開発以降北関東でも重要拠点となりはじめている小山は更に注目度を増した。それは小山の更なる発展へつながるが、同時に近隣勢力から警戒あるいは狙われるということを忘れてはならない。昨年戦をしたばかりだが情勢次第では今度はこちらから仕掛けることも考える必要もある。



「弦九郎、宇都宮の芳賀高経と壬生綱房、どちらが危険だと思う?」


「それは、芳賀殿ではないのでしょうか。彼は先代を追放して今の当主を担ぎ上げた張本人です。ましては噂によれば現当主は傀儡で実権を握っているとか」


「傀儡にしてるのは事実らしい。今の当主は興綱といったか。若く後援者の芳賀に強くいえないようだ。今の宇都宮を支配しているのは芳賀で間違いない。たしかに弦九郎の言い分も尤もだ」


「御屋形様は違うと?」



 弦九郎の問いに俺は頷く。



「俺が危険だと思っているのは壬生綱房だ」



 たしかに芳賀高経も下剋上を果たしたということで警戒に値する人物に違いない。しかし彼を下剋上に突き動かせたのは兄を殺され自身も幽閉した宇都宮への復讐だった。それを果たした今、興綱を抑えて権力者の地位にいるが、やることといえば宇都宮内での権力競争で外部に勢力を伸ばすという意欲には欠けていた。


 一方で壬生綱房は一見宇都宮への忠誠を貫いているように見えるが、河原田で忠綱を見殺しにしてのうのうと興綱のもとへ帰参し、高経と同等の実権を握っている。高経は復讐というわかりやすい行動原理があったが、綱房はいつの間にかに自身の勢力を広げているまるで蛇のような存在に映った。もはや今の宇都宮内では一族ではなく高経と綱房の二頭体制になり果てている。史実の綱房の行動を知る身として領地が隣接する壬生綱房の存在は極めて危険だと感じていた。

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