結城家からの書状
下野国 祇園城 小山犬王丸
戸隠山の忍である加藤一族を雇うことができたため、課題だった小山の諜報網については目処がたった。忍は段左衛門以下一族郎党を数名雇うことにした。与えた所領がそれほどあるわけではなかったが、段左衛門はそれでも構わないと予想より多くの忍を連れてきてくれた。
加藤一族は戸隠の育ちであるため修験者として活動している者もおり、忍の術以外に医術など多くの見識がある者もいた。数は多くないが極めて優秀な人材を得ることができたと思っている。
そして驚いたのは段左衛門の息子にあの後世で鳶段蔵として有名な加藤段蔵がいたことだ。まだ二十代前半と若いが段左衛門がいうには自分を超える才能があるということ。段蔵とはこれから関係を築くことになるが、将来有望な忍とは良好な仲になりたいものだ。
そんな風に小山家が着実に成長しているある日、結城家から一通の書状が届く。それは以前話に上がっていた小山家と結城家の正式な縁談についてのものだった。既に縁談の可能性があることは家臣に伝えていたので、すぐに評議を開くと重臣たちの多くが同盟強化につながる結城家との縁談に賛成の意を示した。しかし中にはこの縁談に反対の姿勢を見せた者もいた。
「小山の血脈を保つためには御屋形様のお相手は小山家の中から選ぶべきだ」
そう主張したのは重臣の細井伊勢守だった。彼ら反対派の意見として一時的な同盟より小山の血をさらに濃くすることを優先すべきということらしい。祖父が山川からの婿養子だったこともあって父の代からこういった意見はあったようだ。
「伊勢守の言いたいことは理解できるが、これ以上小山の間で交わえば逆に血が濃くなりすぎてしまう。それは家を残すためにはよろしくないことだ」
小山家は祖父、父の代にすでに小山の血を引く者を伴侶にしてきた。これで俺まで小山一族から娶るとなると血が濃くなること以外にも家臣や一族間の均衡を崩すことにつながりかねない。それに父は山川の血を半分引いていたが俺には小山の血が四分の三も入っている。これ以上小山の血を引き入れるのは不要だろう。
「これ以上一族間で血を交わる必要性はないはずだ。それに結城家との縁談は同盟の強化だけではない。他家から余計な介入を防ぐことにもつながる。もう血を強める時期は過ぎたのだ。それがわからない伊勢守ではないだろう」
「しかし……!」
「くどいぞ、伊勢守」
なお言い寄る伊勢守を大膳大夫が一喝する。伊勢守は今度は大膳大夫に矛先を向けようとしたが隣にいた妹尾平三郎に制止され大人しく席に座った。この平三郎は縁談に関しては伊勢守のように反対はしていなかったが一方で賛成もせず静観していたが、伊勢守の行為を良く思っていなかったようでかなり力ずくで伊勢守を止めていた。
「さて一部の声があったことは事実だが、俺としては今回の縁談については受けるべきだと思っている。結城家との同盟をより堅固にするというのもそうだが、結城家と結ぶことで山川・水野谷ら東の勢力の動向を気にせずに北の壬生に注力することができる。結城も東の多賀谷・小田に集中できる点があることから両家ともに最良の選択だと考えている」
「左様ですな。結城の姫も御屋形様と歳もそう変わらないと聞いております。結城との同盟を強めるのは小山家にとっても有益でしょう」
「我らも御屋形様の意見に賛同いたします。断る理由もありませぬし、御屋形様のおっしゃることは尤もなことでございます」
大膳大夫に続いて右馬助、水野谷八郎、粟宮讃岐守、栃木雅楽助、岩上伊予守ら有力家臣も賛同の意を表した。平三郎も賛同に転じており、伊勢守も意見を退けられたためか何もいうことはなかったが不服な様子がみられた。細井は昔から小山家に仕える譜代の家格だが伊勢守の動きが少々気になる。もしかしたら段左衛門に探らせることもあるかもしれない。
こうして小山家が結城家に対して縁談を承諾する旨を記した書状を送ってからひと月がたった頃、正式に縁談が成立した。まだお互い幼いため今は婚約の状態に留めることとなった。そして結城家の感謝の書状とともにある人物からの手紙が小山家に届いた。
やや拙い字で短い文だが一生懸命書いたことがわかる。差出人は婚約相手である結城家の富士姫だった。内容は婚約が決まって嬉しく思っていること、俺のことをよく知りたいという非常に可愛らしいものだった。
「ううむ、俺のことをよく知りたいと書いてあるがなんて返そうか。弦九郎、こういった手紙はどう書くべきかわかるか?」
「素直に勉学や武芸に励んでいるとお書きになればよろしいのではないでしょうか。ところでなぜ私に聞くのですか」
「だって弦九郎には許嫁がいるだろう?異性との手紙のやりとりも経験してるのではないのか?」
たしか弦九郎の許嫁は小山土佐守の娘だったはずだ。幼馴染同士ということで彼らのことは家中でも有名だ。
すると弦九郎はいやいやいやと首を大きく横に振って否定する。
「たしかに御屋形様がおっしゃるように許嫁はいますが、あいつとはそんな大層な関係ではありませんよ。どちらかというと腐れ縁みたいなもんです。手紙のやりとりなんてしたことありません。大抵直接言い合いますので」
「そ、そうか」
弦九郎の愚痴か惚気かわからない説明に俺はそうとしか答えられなかった。あまり参考にはならなかったが弦九郎の言う通りに普段自分が何をやっているかを答えられる範囲で書いてみた。また一方的にこちらのことを書くのもどうかと思ったので富士姫について色々聞いてみることにした。趣味などがわかれば今後贈り物の参考になると思ったし、将来の嫁のことを知りたいのは普通の事だろう。
今回の手紙には贈り物として菜種でつくった石鹸を贈ることにした。簪とかも案にはあったが、まだ富士姫の好みを知らないので好みでない簪を贈られるより石鹸の方が喜ぶだろうと考えた。手紙と石鹸を見せた際に弦九郎や大膳大夫からはなんともいえないような顔をされたがこっちはまだ二桁にも達していない年齢だというのに妙な色恋沙汰を期待されても困る。
後日、再び富士姫から手紙が届く。内容は贈り物だった石鹸がとても嬉しかったことが書かれていて、母や侍女からとても羨ましがられたとも記されていた。どうやら石鹸を選んだことは正解だったらしく、以降も富士姫との文のやり取りは続き、いつの日からは富士姫だけからでなく、その父親の政朝や兄の政勝から親書が届くようになり、結城家との関係は次第に親密になりはじめていた。
「面白かった」「続きが気になる」「更新がんばれ」と思ったら感想をお願いします。




