戸隠山の忍
下野国 小山 ???
生まれ育った戸隠から上野国を越えて足利、佐野を経てようやく小山の地にたどり着いた。事前に小山がどういう場所なのか調べていたが実際に目の当りにすると小山の繁栄ぶりに驚かされる。
思川沿いに形成されている城下は人の出入りが多く小山以外からの人間も少なくなかった。思川には荷を積んだ船が行き交い、陸路も古河や佐野、結城の各方面から人が集まっている。
我々が来たときはちょうど市場が開かれており、市場では活きのいい商人たちの声が聞こえてくる。小山が下野でも栄えている土地であることはわかっていたがこれは想像以上の発展ぶりだ。
近くにいた小山の人間らしき者に声をかけてみる。
「いきなりですまないが、少々よろしいだろうか。小山には初めて来たが、普段からこのように栄えているのだろうか」
「おたくら他所からきたのかい。今は市場やってるから普段はさすがに今日ほどじゃないね。でも最近は結構人が多くなってきた気はするよ」
その者は商人で大層話すのが好きらしく、話を聞いていると多くの情報を得ることができた。彼の話をまとめると数年前から少しずつ小山の生活が豊かになりはじめたらしい。それは過度な重税が減ったことや小山家が様々な作物の栽培を奨励したり、農閑期に新たな働き口を与えて金銭も支払っていることが要因だという。
小山家について聞いてみるとさすがに商人も話しづらそうだったが、警戒されないよう慎重に尋ねてみると小声で少し話してくれた。それは今の当主小山犬王丸のことらしく、彼曰く、「自ら城下の農民のもとを訪れて彼らの相談に乗ったり、逆に彼らに助力を求めることもあった」、「商人に対しても決して傲慢にならず、誠意をもって公平な取引をしてくれる信用できるお方」らしい。
戸隠から連れてきた儂の連れは信じがたいというような表情をしていたが、儂も雲慶殿から情報を得ていなければ同じような顔をしていたかもしれない。雲慶殿から小山家が武士として我らを召し抱えたがっているという話を聞いたときは何かの冗談かと思ったが、これはもしかしたら真の話なのかもしれん。今回はあまりにも話がうますぎて事実を見極めに小山に赴いたが、さて一体どうなることやら。
雲慶殿からいただいた書状を手に祇園城を訪れると最初は困惑していた城兵も書状を目にするとすぐに城内に案内された。連れは待機となったが案内された先は城主の部屋だった。案内した者が声をかけると部屋から返事がした。声は若いというより幼い。入室するとそこには少年といってもいい若者が儂を待っていた。
「遠くからよくきてくれた。俺が小山家当主小山犬王丸だ」
「お初にお目にかかります。戸隠山の加藤一族が頭領加藤段左衛門と申します」
「段左衛門殿、早速本題に入ろうか。話は雲慶から聞いているだろうが、俺はそなたたちを武士として雇いたいと思っている。今はそこまで大きな土地は与えられないが、手柄次第で加増は約束しよう」
武士の多くの者が忍というものを軽く見ているなか、犬王丸様は非常に好意的に我々を見ていた。仕官の話も雲慶殿から聞いた話と齟齬はない。正直うますぎる話に初めは罠か騙そうとしているのか疑念があったが、犬王丸様と話しているうちにこの話に嘘はないという確信を得た。
犬王丸様は諜報を重視していてそれを実行できる人材を高く評価していた。土地についても諜報で得た情報は戦働きに匹敵するという考えで忍に与えるつもりだったという。はっきりいって諜報をここまで重視し忍の者を評価してくれる者は初めてだ。過去にいくつか他家から仕事を受けたことはあったがどこも仕えるに値しない、我々を酷使する癖に使い捨てのようにしか思っていない輩ばかりだった。結局どれだけ働いても収入は僅かで貧しい暮らしから抜け出すことはできなかった。
それを考えれば今回の犬王丸様はまさに我々が望んでいた主君の姿に合致していた。話がうますぎるという理由で断ることもできたが、もし話が真で言葉のとおり犬王丸様が諜報を重視しているのであれば仕官することに躊躇はない。
「犬王様、我々加藤一族は小山家にお仕えいたします」
「それは真か。では俺も加藤一族の忠義に応えられるよう努力しよう。これからそなたたちは小山家の諜報を担う重要な人材だ。それ相応の待遇をもって歓迎しようぞ」
本当に嬉しそうに話す犬王丸様を見て儂は改めて雲慶殿の話に乗ってよかったと思う。
忍である我々をここまで評価してくれるお方が今までいただろうか。まさかこの歳になって忍の自分が理想の主君を得ることになるとは思わなかった。
もし並みの者なら断るか連れてきた息子の段蔵を紹介して自分は一線から退くつもりだったが、犬王丸様のもとならば一族を率いて存分に働いても苦ではなさそうだ。一癖も二癖もある段蔵も犬王丸様ならば十分に生かしてくださるだろう。
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