小山への帰還と山積みの課題
下野国 祇園城 小山犬王丸
関宿城の救援を無事に果たして祇園城へ帰ってくることができたが、此度の戦いでは小山家と俺自身の両方で課題と収穫を得ることができた。
小山家としては今回戦えたことで公方の高基やその他の勢力からの信用を得ることができたのは収穫だろう。奮戦してきくれた家臣たちのおかげで小山家はかなりの武功を挙げることができた。周囲に小山侮り難しとの印象を植えつけられたことは今後の外交で役立ってくるはずだ。
一方で小山家の規模の小ささを実感した。今回は農兵を極力減らした少数精鋭という形にしたが、兵の数で他家に見劣りすることがあった。領土を拡大したとはいえ今の小山家では結城や山川らと対峙したときに戦力が不足しているように思えた。そうなると必然的により規模の大きい宇都宮との戦力差はさらに広がるといえる。小山家を大きくするにはこの戦力差の壁をどう乗り越えていくのかが課題となる。
また俺自身としても課題もあったが、総じて収穫の方が大きかったかもしれない。収穫は実際に政朝や亀若丸らと顔を合わせたことでそれぞれがどのような為人なのか知ることができたことだろう。その結果、政朝から縁談の話を持ち込まれたが、縁談は酒の席ということもあって即決せずに後日正式に打診するという形で手を打つことにした。
さて祇園城に帰ってからもやるべきことは山積みだ。まずやらなくてはならないのは戦死者の遺族への保障だ。保障は財政が安定した父上の頃から検討がはじまっていたが、実際に実施するのは今回がはじめてだ。
小山家の兵の多くは農業に従事しており兵農分離ができていない。そのため働き手を失うと残された遺族は一気に困窮してしまう。そこで一定の額の金銭や米を支給することでそういったことを防ぐ狙いがあった。
また後継ぎがなく食い扶持に困る未亡人には新たな縁談や仕事の斡旋も同時におこなっている。仕事の斡旋先は主に小山家がおこなっている事業が中心でちゃんと給金も発生している。決して高い賃金とはいえないが、それでも一人で生きる分としては十分な額だろう。
「御屋形様、小野寺雲慶様が参りました」
「もうそんな時間か。案内してくれ」
小姓に案内されて俺の部屋に現れたのは頭襟を被り、袈裟と篠懸という法衣を身にまとったひとりの男。名は小野寺雲慶。馬宿城攻め以降から小山家に仕えはじめた修験者の人間だ。
小野寺家は下野小野寺村を本拠とした豪族だったが長年小野寺村の支配権を他家に奪われており、今の当主朝綱は一族の宿願を果たせないまま小山家に仕えていた。しかし父上の馬宿城攻めで岩舟の領土を奪い、その中に含まれていた小野寺村も奪還した。父上は長年の小野寺家の功に応じてそれまでの土地から小野寺村へ知行を変更させていた。朝綱は感激し各地に散らばっていた一族を呼び寄せた。そのうちの一人が雲慶であった。
雲慶は佐野の貞瀧坊出身の修験者で小山家に仕える際に還俗し小野寺姓を名乗っている。貞瀧坊とは小野寺弘慶が小野寺三代目秀道が創建した佐野徳応寺を再興し改名した名で、小野寺弘慶を祖とする小野寺家の分流が貞瀧坊小野寺家と称されている。貞瀧坊は中央の意向を受けて下野の熊野信仰の一翼を担っており、貞瀧坊の住職を務める弘慶の子孫は代々下野国内の修験者を統括しているという。
「お呼びでございましょうか?」
雲慶は少々緊張しているようだった。最近仕えはじめた新参が当主直々に呼び出されたのだ。何か粗相したのではないかと不安になるのも無理もない。
「あまり緊張しなくてもよい。実は雲慶が修験者で他国にも伝手があると聞いてな。少々相談したいことがあるのだ」
「相談でございますか?」
これから話すことは本来なら新参の雲慶に話すような内容ではないだろう。それは関宿城攻防戦を経て俺が感じた小山家の最大の課題についてだった。
すでに大膳大夫らには雲慶に話す承諾は得ている。大膳大夫も初めは難色を示していたが、俺が雲慶が適役であることを説くと最終的に俺の意見に同意して雲慶を呼び出すことに賛成した。
「諜報の強化、ですか」
「左様、諜報もとい情報は今後非常に重要になってくると俺は思っている。そのために俺は諜報に優れた者を士分格として雇いたいと考えているのだ」
はっきりいって今の小山家の諜報は脆弱だ。得られるのは粟宮の信徒からしかなく忍も雇えていない。雇うにしても伊賀から小山は遠く、しかも小規模な小山家にわざわざ赴いてくれる者も少ない。六角家に仕える甲賀は論外だ。
また諜報を得意とする忍は金銭で雇うのが一般的でわざわざ土地を与えて武士として雇うなんて前代未聞だったりする。しかし俺は諜報を担う忍には戦働き並の貢献度があると思っていて、周囲の反対があっても士分格で雇うことに拘った。
ただ問題はその雇う諜報の者に当てがないことだ。そこで呼んだのが雲慶だ。この時代の修験者は儀式以外にも諜報も担うこともあり、俺は元修験者で小山家に仕えにきた雲慶の伝手を利用して有望な諜報を担える者を探すつもりだった。
俺から小山の弱点である諜報の脆弱さと新たな人材を探している旨を聞いた雲慶はしばらく考え込んでからようやく口を開いた。
「なるほど、御屋形様のおっしゃりたいことは理解できました。ですがそうなると下野の修験者はおやめになった方がよろしいかと」
「それは修験者が貞瀧坊の支配下だからか?」
「はい、貞瀧坊は佐野家の庇護のもとで活動しており、庇護の見返りに中央とのやり取りもおこなっております。つまり佐野と貞瀧坊は実質同盟を結んでいるに等しいのです。その貞瀧坊は下野の熊野の修験者を統括しています。もちろん私のように他家に仕える者もいるでしょうが、そんな者はごくわずかでしょう」
貞瀧坊と佐野家のつながりは貞瀧坊の立地から推測はできていたが、どうやら思っていたより強い結びつきがあるらしい。下野国内で人材を調達する考えは甘かったか。
「では遠方でもかまわんから他国の者にどこか伝手はあるか?」
「でしたら信濃国の戸隠山の者だったら御屋形様のお力になるかもしれません。彼らの中には忍の術に長けている一族もおります」
信濃国の戸隠山といえば戸隠神社があるところか。こちらも修験者が多くいると聞く。あとは忍の術というと戸隠流だろうか。ともかく雲慶のおかげで有力な情報を得ることができた。実際に仕官してくれるかわからないが、接触する価値はあるはずだ。
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