小山と結城
下総国 関宿城 小山犬王丸
結城政勝。結城政朝の次男で今回の戦や河原田の戦いにも従軍した結城の俊英だと聞いている。嫡男は別にいるが彼を支持する者の中には政勝こそ後継者にという声もあるという。
実際に対峙してみると噂どおりの人物で結城の中興の祖と称される政朝にも劣らない武将になるだろうと直感した。
「なるほど。ですがその話はこの場でしなくてはならないものではないでしょう」
「これは失敬。たしかに宴の最中に出す話題ではありませんでしたね」
宴の場だと思い出したのか、政勝はそれ以上は言及してこなかった。少々拍子抜けしたが、俺は政勝がそのまま引き下がるとは思えなかった。出方を伺うための餌を撒いてみる。
「まあ、この場でなければ話しても構わないのですがね。結城家とは仲良くしたいと考えているので」
政勝の目の色が変わる。餌ではあるが、これは本心でもある。おそらく政勝は俺が小山の要だということに確信している。だから下手に誤魔化すよりある程度話しておく方が得策だ。
ただやられっぱなしは趣味ではない。
「露骨に目つきが変わりましたな。それほど左衛門督殿に急かされているのか、或いは……」
そう言うと、政勝はお手上げだというように肩をすくめた。
「……功を焦りましたか」
「左衛門督殿のことはカマをかけましたがね。ですが三郎殿が政朝殿を差し置いて俺のところにきた時点でなんとなく推測できましたよ。聞いているでしょう、左衛門督殿」
「……どうやら小山の新しい大将は見た目どおりではなさそうじゃな」
俺の言葉に政朝が反応する。政朝はひとりで静かに飲んでいるように見えてこちらの様子を伺っていた。政勝との会話で政朝にも注意してたおかげで気づけたが、逆にいえば注意していなかったら気づくことはできなかった。
「直接こうやって会話するのは初めてだったな。儂が結城左衛門督政朝だ」
「ではこちらも改めて。小山家が当主小山犬王丸でございまする。名君として名高い政朝殿とお会いできて光栄の極み」
白髪混じりの黒髪に服の上からでもわかるほどの鍛え上げられた肉体。鋭い眼光と刻まれたシワや傷跡が彼の半生を表しているようだ。
老獪。結城政朝の印象はその一言に尽きる。歳は四〇を越えているはずだが、それを感じさせない圧を感じる。家督を嫡男に譲るのではないかとも噂されてたが、まだまだ老いとは無縁のように見える。
「さて同盟相手の顔を見にきたわけだが、なるほど子供とはいえ肝は座っているようだ。三郎めも見事にやられたみたいだしな」
政朝が政勝に顔を向けると、政勝は政朝に頭を下げる。
「申し訳ありません。ですが犬王殿は将としての器も十分だと思いますし、同盟の継続は考えてもよろしいのではないでしょうか」
「そのようだな」
「なるほど、おふたりは俺を試していたのですか。ですが同盟継続の前向きな返答は感謝いたします」
小山と結城は父の代に同盟を結んでいるが、共通の敵であった宇都宮忠綱は既に死んでいる。今の当主興綱は芳賀高経の傀儡で現状脅威とはいえない。そうなると同盟の意義が薄れてしまうが、小山としては結城との同盟を継続したい理由があった。
「あのときは互いに左馬頭を警戒しての同盟だっだが、小山には同盟継続を望むほどの相手がいるのだろうか?」
「詳しくは秘密ですが結城も気になるお相手がいるように、こちらも気になる相手がいるのですよ。そのために同盟は必要だと思いますが」
政朝がウッと口を閉じる。結城にとって今一番不穏分子は結城と同盟を結んでいる多賀谷だった。特に現当主の多賀谷家重は結城に反抗的で隣接する小田に接近しているという話も聞く。結城としては多賀谷は小田と共に無視できない存在となっていた。
そして今回話さなかったが小山にも警戒すべき存在があった。それは宇都宮、より正確にいえば宇都宮に仕える壬生綱房だ。綱房は忠綱に味方していたが忠綱戦死後はお咎めなく宇都宮興綱に仕えており、忠綱追放の首謀者である高経と共に宇都宮家を牛耳っている。
綱房の勢力は年々拡大しつつあり、近年では鹿沼にほど近い日光にも手を伸ばしているという。宇都宮が衰退する中での壬生家の台頭は壬生城と距離が近い小山家にとって最も警戒すべき相手だった。ここで結城との同盟が継続できれば同時に水野谷、山川も敵に回らず、小山家は南と東を気にせず宇都宮や壬生がある北部へ集中することができる。
「そうか。それならば話が早い。今のところだが同盟は継続することにしよう」
「こちらこそ今後もよろしくお願いしたい」
さて難しい話はここまでとして、と政朝が話を区切る。
「ところで犬王殿には許嫁はいるかな?」
気難しい顔から一変してニヤリと笑う政朝がとんでもないことを言い出した。俺は政朝の唐突な質問に思わずむせそうになってしまった。
「い、許嫁ですか。今のところはいませんが」
「ほう、ほう、ほう。まあ、まだ若いですからな。話は変わりますが儂には年頃の娘がおりましてな。歳はちょうど犬王丸殿と同じくらいでよう儂に懐いてくれるのだ。三郎らと歳が離れてるせいか儂もついつい甘やかしてしまってな」
「は、はあ……」
急に始まった娘自慢に俺は相槌しか打てない。ちらりと政勝の方を見ると政朝の娘自慢のことをわかってたのか額に手を当てて溜息をついていた。
「父上、話が逸れています。話したいことはそこではないでしょう」
「おっとすまぬな。さて犬王殿、其方を見込んで改めて話そう。小山と結城の更なる同盟の強化のために我が娘を娶る気はないか?」
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