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関宿城の宴

 下総国 関宿城 小山犬王丸


 月明かりと松明の篝火が照らす関宿の夜。城では小弓勢を撃退したことを祝して宴が催されていた。


 流石に元服前でまだ十にも満たない俺に周囲から酒は勧められなかったが、他の者たちは酒を大盤振る舞いしており賑やかな様相をしている。


 城主の高助は後詰の諸将らへ感謝の意を示し続けていた。特に亀若丸自ら出陣してきてくれたことに感激したらしく、ひっきりなしに亀若丸のことを称賛していた。当の亀若丸は無駄に誇ることなくむしろ駆けつけるのは当然のことだと言ってさらに高助を感激させるという循環に陥り少々困った様子だった。


 しかし亀若丸のこの態度や先の戦での働きぶりは周囲の者からの評価を見事に改めさせ、流石武家の棟梁の血筋を引く者と高く評価された。一度の戦を経て亀若丸はただの世間知らずの御曹司から将来有望な後継者という認識となり、今後は亀若丸を支持する武将は増えるだろうと思った。


 そして宴が佳境に入り、それまで他の武将と対談していた高助が俺に声をかけてきた。



「犬王殿、宴は楽しんでおられるかな?」


「ええ、とても。酒が飲めないのが無念ではありますがね」


「はっはっは、犬王殿の歳では流石に酒は早すぎますからなあ。儂も倅と歳が近い貴殿に酒は勧められませぬ。なあに、あと数年もすれば嫌ってほど飲むことができますぞ」



 多少酔っているのか赤い顔で愉快そうに笑う高助。しかし彼は公方家の筆頭宿老で要害関宿城の主。酔ってるように見せかけて目に理性が残っているのを俺は見逃さなかった。



「ところで話は変わりますが、他の方から耳にしましたが先の戦ではかなりのご活躍だったとか」



 ほら、空気が変わった。高助の纏う空気が一変した。



「ははは、お恥ずかしい。あのときは必死だったこともあってよく覚えていないんですよ。頑張ってくれた家臣には感謝しかありませぬ」


「なるほど……儂が聞いた話では変わった武器をお使いになったとか。いえ、何でもありませぬ。しかし家臣に任せきりにせずにその歳で自ら采配を振るうとは面白いお方だ。そうそう、小山といえば儂の妻子が小山産の石鹸を愛用しておりましてな。この間も早く新作がほしいと儂にねだってくるのですよ」



 高助は妻子が石鹸の愛好者だといいつつ、もう新作の情報を知っていると暗に示していた。新作の情報は隠していたわけではなかったが、新作は比較的最近の話だったので高助の情報を仕入れる早さに舌を巻く。


 傍に控えていた右馬助らが動こうとするのを察した俺はそっと手を出して制止した。これは高助と俺の話で他の者が入ってくるべきではないと感じたからだ。



「石鹸を愛用していただいてありがたいことです。しかし簗田殿も耳が早い。まだ先の話にはなりますが、例の新作はより高品質でございますぞ。そのときがきたら是非に」


「それは楽しみでございますな。ではそれが市場に出たならばいくつか簗田家で購入させていただこうか」


「こちらこそ今後も御贔屓に」


「では儂はそろそろお暇致しましょうぞ。しかしやはり貴殿は興味深いお方だった」



 そう言い残すと高助は俺の前を後にする。


 いつの間にか雑談から商談に変わっていた高助との会話は得るものが非常に多い経験となった。簗田高助という大物相手にひとつの失態も許されないという緊張感溢れる空気は俺にとって刺激となった。おそらく小山にいたままでは味わえなかっただろう。



「御屋形様、儂はとてもヒヤヒヤしましたぞ」


 そう小声で俺に話しかけたのは八郎だった。あの武勇を誇る八郎すら先ほどの話は刺激が強かったらしい。


「心配させてすまんな。あのときお主らを止めたのは簗田殿が俺を試していたからなんだ。多分誰かの手助けが入れば簗田殿の評価も変わっていただろう。敢えてそうする手もあったかもしれんが、家臣たちがいる手前、少々意地を張らせてもらった」


「ぬう、そこまでお考えなら我らは何も言いませぬ。先代の頃ならば問答無用で動いていたかもしれませぬが、御屋形様ならば喜んで従いましょう」


「八郎は本当に父上に反抗的だな。そんなにそりが合わんか?」


「ですな」


「八郎!無礼が過ぎるぞ!」



 率直な物言いに右馬助が突っかかるがなんとなく俺は八郎のことを嫌いになれない。父上に反抗的なのはいただけないが、表裏がなく猪突猛進なところが坂東武者らしく好ましい。


 そんな二人を諫めて、再び宴の様子を眺めていると、今度は意外な人物が俺に声をかけてきた。



「犬王殿、少し時間よろしいか」


「貴殿はたしか……」


「政朝が次男、結城三郎政勝と申しまする」



 それは軍議のときに政朝の隣に控えていた青年、結城政朝の次男であの河原田の戦いにも参戦したという結城政勝だった。



「こうやって話をするのは初めてでしたな」


「左様、実は前々から犬王殿とは一度顔を合わせてみたいと思っておりました」


「なるほど。それはなにゆえに?」


「近隣の勢力が拡大しているのに気にしない者はおりませんよ。特に近年の小山の発展ぶりは著しい。その要因を探った結果、浮かんできたのは貴方です。率直にお聞きします。貴方こそ小山の発展の要ですね?」



 政勝のその物言いは確信を得ているかのように見えた。

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