同盟
一五二二年 下野 祇園城 小山大膳大夫成則
「先ほど結城の左衛門督(政朝)殿から書状が届いた。皆川も元々小山・結城と同族であり、宇都宮に敵対心をもつ皆川を同盟に加えることに賛同するようだ。皆川の方も結城と小山を味方にできるということで同盟にかなり乗り気らしい」
ある日、御屋形様に呼び出されると、以前若が提案した皆川との同盟が結城方に認められたことと皆川との交渉に進展があったことが明らかにされた。当初御屋形様をはじめとした他の重臣達は皆川との同盟に半信半疑だったが、犬王丸様がおっしゃられたことを改めて説明すると、ほとんどの者が納得してくれた。だがそれを結城方が受け入れるのかどうかは家臣の中でも賛否両論だったので、結城方が受け入れてくれた事実にホッと胸を撫でおろした。
「なんと! それでは」
「ああ、これで小山・結城・皆川の対宇都宮同盟が成立することになる。左衛門督殿も宇都宮が鹿沼を平定したことで西への進出を懸念していたらしい。特に鹿沼はあの壬生の支配下にあるわけだからな」
御屋形様が危惧されている壬生とは壬生城を本拠にしていた壬生綱房のことだろう。宇都宮家に従って鹿沼を落としたのは先代の綱重のときだったが、代替わりした後の壬生の動きは宇都宮とは別に警戒するものがあった。壬生は宇都宮の重臣ではあるが、成綱公が家中で専横をふるっていた重臣芳賀高勝を謀殺した際に成綱側として活躍したことで成り上がった新興の勢力で勢いがある。特に当代の綱房は父綱重を凌ぐ才の持ち主で、壬生を宇都宮家中でも当主や反抗勢力を鎮圧させて忠綱の弟に継がせた芳賀や他の譜代の重臣に成り代わって力をふるうまでに成長させた。最近は鹿沼に拠点を移し、独自の勢力をもつ二荒山の僧とも親交を深めているようで、領地が隣接する我が小山や皆川にとって油断できない相手だ。
「だが宇都宮家中では忠綱への不満がかなり高まっているらしい。特に成綱公に滅ぼされた芳賀高勝の弟高経とその与党共が筆頭だそうだ」
「たしか芳賀の遺領は宇都宮一門の塩谷が代官として支配しているのでしたな」
「ああ、芳賀は未だに飼い殺しにされているようだ。あの芳賀がそのまま大人しくしているとは思えん。近いうちに何かしら行動を起こすかもしれんな」
はたして兵を起すのか、あるいは他家に通じるのか。いずれにしても不安定な宇都宮にとって芳賀高経の存在は厄介なはずだ。忠綱に不満を覚える者が芳賀に同調すれば、よりその火種は大きくなる。その隙を小山が突くことができれば勢力を巻き返す好機となろう。持政様が成し遂げられなかった宇都宮領における小山の旧領の奪回も夢ではないかもしれない。
◇◇◇◇
下総国 結城城 結城政朝
「……皆川との同盟か」
宇都宮に対抗するうえで小山だけでなく皆川も味方に引き込めるのは悪くはない。悪くはないが、あの小山家がこの提案をしてきたのは少々意外であった。はっきりいって、今の小山家の当主である政長殿は特段優れているとは思えない。決して愚かではないが、内政も戦も上手いとはいえない凡将というのが儂の評価だ。小山の家臣も長老格である小山大膳大夫をはじめ幾人かはそこそこ優秀だと知っていたが、宇都宮が皆川に侵攻してくることを考慮して結城・小山・皆川の三家で連携し宇都宮に対抗することまで考えられる者はいなかったはずだ。新しく小山家に仕官してきたという話も聞いていない。
こちらも忠綱の皆川侵攻は想定していなかったが、改めて彼の人となりを考えてみた結果、ありえない話ではなくなった。小山からもそうであろうが、結城にとっても皆川が宇都宮に取られるのはかなりの痛手になる。特に皆川が落ちることによって、壬生が力をつけることは何としても避けたいところだ。それに皆川から下野西部の情報を得ることができれば今後の方針に生きるときがくるだろう。
すでに芳賀高経を筆頭に忠綱に不満を覚える宇都宮家臣とは何人も接触している。一部調略した者はいるが、少なくない人数が自ら結城に近づいてくるとは思わなんだ。忠綱の人望の無さを嘲笑う反面、岳父殿はこの宇都宮の有様を見てどうお思いになるのだろうと複雑な気分になる。しかしこれもまた乱世というものなのだ。
己の心を押し殺して、次男の政勝を呼ぶ。
「父上、どのようなご用件で?」
「政勝、お主に調べさせたいものがある」
政勝には兄でこの結城家の嫡男である政直がいるが、こういった謀略においては政直より政勝の方が優れていた。冷徹かつ冷静、なおかつ内政にも定評がある。ある意味政直よりも政勝の方が儂に最も似ているかもしれない。
「小山家を探れ。そして皆川との同盟を発案した者を突き止めるのだ」
今までの小山は決して脅威といえるような存在ではなかった。だが、もし突然優れた存在が小山に現れたなら。
いずれ戦場で相見えることにもなるかもしないからのう。
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