関宿城攻防戦 中島の戦い
下総国 義明本陣
「二〇〇〇の兵がいながら一ヶ所も突破できないとはどういうことだ!?千葉も相馬も臼井も一体何をやっている!」
本陣にて緒戦で先鋒が一ヶ所も守り口を突破できなかったことに義明は激昂していた。しかしいくら二〇〇〇といえども守り手の三倍以下の兵力で堅固な関宿城を攻め落とすのは至難の業だ。他の武将もそれがわかっていたからこそ先鋒だけの攻城に反対の声を上げてたのだが、義明が全て拒絶して自らの策を強行させた。
結果は当然のように失敗。壊走せずに戦線を維持しているだけ儲け物だろう。義明の我儘によって無駄な犠牲を出させたことに諸将の不満も高まっていた。
「だからあれほど申したではありませんか。攻めるのであれば全軍で攻めねば関宿は落ちないと。なのにそれを拒絶した結果がこれですぞ。はっきり申し上げて道哲様の失策です」
開口一番、義明のことを明確に非難したのは義明の後ろ盾である真里谷信清だった。まだ僧籍だった義明を庇護し小弓公方まで押し上げた功労者だからこそ不満も正直に吐き出すことができた。しかしそれに我慢ならないのは義明だ。
「おのれ信清、儂を愚弄する気か!?」
頭に血が上った義明は諫言する信清を罵倒する。初めは我慢していた信清だったが、面子が潰れたことに堪忍袋が切れて激しく反論して義明を非難する。他の武将が両者を止めようとするが、なかなか口論は収まらない。
しばらくしてなんとか落ち着いた二人だが陣中は緊張状態が続いており、当主義豊の代わりに出陣した義豊の叔父里見実尭は殺伐とした空気に冷や汗が止まらなかった。
「申し上げます!古河方面より敵の援軍を確認!」
古河方面を警戒していた実尭の兵からの報告が本陣に舞い込んできた。この報告によって空気が一変する。義明は敵の援軍が現れたと聞くと勢いよく立ち上がった。
「よし、これより関宿城を包囲している先鋒を除いた全軍を反転させて敵の後詰を奇襲する!古河の弱兵なんぞ蹴散らしてくれるわ!」
意気揚々と軍配を掲げる義明を信清と実尭は止めなかった。義明の作戦には一理あった。激戦になることにはなるが、後詰を破れば援軍を期待できない関宿城は勝手に落ちるはず。
またこれまでの経験から古河の兵があまり強くないと二人も認識してたため、足利基頼や義明の重臣逸見遠江守らと共にこの作戦に同調した。奇襲に成功すればたとえ同数でも大勝することも可能だからだ。
義明は先鋒を除いた全軍を一度引かせるように見せかけて、古河方を西側から挟み討ちにしようと江戸川の対岸の中島という地に軍勢を進めている古河の援軍に狙いを定めた。
そして古河の援軍を視認すると義明は江戸川の渡河を命じて敵への突撃を開始する。渡河するかについては信清らは懸念していたが基頼の賛成を得た義明は反対意見を振り切って渡河することに決めた。信清らも奇襲するには渡河せざるを得なかったため強く反対することはなかった。
義明の号令のもと、鬨の声を上げながら先陣が江戸川の渡河を試みる。
だが先陣が見た光景は奇襲に慌てふためく古河勢の姿ではなく冷静に陣を展開する姿だった。
◇◇◇◇◇
下総国 中島 小山犬王丸
「やはりきたか」
江戸川を渡河しこちらに突撃を試みる小弓勢を見ながら陣を展開させる。小弓の動きは一部を包囲から外さなかった時点で撤退ではないことに気づいていた。
そしてこの奇襲。撤退以外で関宿城と中島からの挟撃を避けるには後詰の俺たちのところへの奇襲は間違いではない。こちらも対策していなかったら現場は混乱していたはずだ。だが今回は結果的に対策できていたわけで、大きな混乱もなく迎え討つことができた。
今回の小山の兵は騎馬五〇騎を含めた五〇〇前後と数は多くない。しかし小山の中でも精鋭揃いの兵たちは練度も非常に高く、こちらの指示に素早く対応する。
鶴翼の陣に展開される中で小山家は水野谷家と共に右翼へ配置されていた。中央の古河勢の号令を合図に渡河してくる小弓の先陣に矢や投石が降りかかる。特に小山の投石は飛距離が長く速さもあり当たった敵は川の中で昏倒してしまう。
その秘密は投石の道具にあった。この時代にも簡単な投石器らしきものは存在していたが、俺が開発したのはスリングをアレンジしたもので、麻と動物の皮だけを使用して大量生産可能だ。といってもつくりは簡単なもので石を受ける部分を紐の中央に作っただけの投石紐だ。だが威力は絶大で最大飛距離は四〇〇メートルまで及ぶ。
今回このスリングを用いた農兵中心の印地隊を連れてきて正解だった。練度はまだ高める必要がありそうだが成果は申し分なさそうだ。降り注ぐ矢や石に敵の進軍は見るからに遅くなった。盾持ちが少なかったことも影響してか投石に当たってしまう者も少なくない。
他の部隊も結城や山川なども奮戦し敵の渡河を阻止している。中央を受け持つ古河勢は敵の主力が集中していることもあってやや苦戦しているが、亀若丸の激の声がここまで聞こえてくる。その声に呼応してかなんとか持ち直しており崩れる心配はなさそうだ。
「犬王様、敵の第二陣が渡河を開始しました。盾持ちもおります」
右馬助から敵の情報が入ってくる。敵の素早い対応に舌打ちする。盾を出されるとスリングの脅威が低くなってしまう。
「ちっ、流石に対応が早い。敵の旗は誰のものだ?」
「割菱の旗印、おそらく真里谷かと」
「真里谷か。たしか道哲様の後見役だったか。手強い相手になりそうだな。皆の衆、これからが本番ぞ。気を引き締めていくぞ!」
第二陣が投入されて敵の進軍が再開される。小山の兵は多くはないためここからが正念場になりそうだった。
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