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足利亀若丸、参陣

 下総国 古河城


 古河城にて古河公方足利高基とその息子亀若丸は関宿城救援を巡って激しく火花を散らしていた。


「父上、前言を翻して参陣を許さぬとはどういうつもりか」


「思い直したのだ。公方の跡取りが初陣でわざわざ出陣する必要はないとな」


「ですがすでに書状に儂の参陣は明記しております!なのに本番当日になって出陣がなしとなったら古河の名声が地に落ちますぞ」


「ぐっ、たしかにそうだが……」


「では真に直参と奏者衆を率いての参陣を許していただけるのですか」



 問いただすように身を乗り出す勢いで高基に迫るのは亀若丸。


 息子の圧を痛いほど感じながら高基は目線を下げて躊躇いがちに口を開く。



「……指揮権を一色直頼に任せて其方が大人しくしているという条件を呑めるなら許そう。だがこれ以上譲るつもりはないぞ。そもそも儂は其方の出陣自体反対なのだ」



 高基は自身の考えである公方たる者が軽率に動いてはならないという主張を何度も繰り返してきた。しかし亀若丸はそれに納得できなかった。



「父上がおっしゃりたいことは理解できます。しかし叔父上が自ら兵を率いて関宿まで迫っていてもそれを譲らないつもりですか。関宿がどれだけ重要なのか父上も分からなくはないでしょう。それに小山や結城らの援軍を得て古河が動かなければ士気にかかわります。そんなことは戦を知らない自分にも分かります」


「だが、しかし……」


「父上、いつまでも上から命令するだけで人が動くとお思いになされるな」



 そういうと亀若丸は立ち上がって部屋を後にしようとする。退出する前に亀若丸は一度高基に振り返ると、



「安心なされよ、父上の条件には従いまする。誰よりも己が初陣だと心得ているゆえ」



 と言い残し去っていく。



「若さか焦りか、血の気が多い奴じゃな。公方に必要なのは戦ではなく政治だというのに」



 高基は亀若丸を止めることを諦めて片手をこめかみにあてながら溜息をついた。身体も怠く、弟や息子など自身を取り巻くあらゆる事象に嫌気が差してきた高基は唯一の癒しである酒を昼から所望するのだった。


 一方退出後した亀若丸はドシドシと強い踏み足で廊下に出ると外に控えていた側近の一色八郎直朝に声をかける。


「八郎、ついに父上から出陣の許可をいただいたぞ!今すぐ準備にとりかかれ」


「ははっ」



 今回指揮権を高基から任された一色直頼の嫡男である直朝は幼い頃から近習として、元服してからは奏者衆の一人として亀若丸に仕えてきた人間で亀若丸がどれだけ今回の出陣を望んでいたか知っていた。


 情勢の悪化で未だ元服を果たせず、初陣すら飾れない御曹司。弟に元服を先越され、元服できないのは本当は器量に問題があるのではないかと長年陰で言われてきた亀若丸のことを思うと、直朝はようやく報われるときがきたと泣きそうになった。直朝は亀若丸のことを第二の茶々丸という陰口を耳にしたときは口にした者を斬り殺そうとするほど亀若丸に忠義を誓っていた人間で、亀若丸もそんな直朝のことを信頼していた。



「まだ泣くな八郎。泣くのは関宿を救ってからだ」



 そう諭す亀若丸の声も少し震えていた。



「やっと……やっとこのときが……」



 亀若丸から小さい声が漏れたが直朝は聞かなかったことにして亀若丸に出陣の準備を促す。



「そうだな。今から武者震いが止まらんぞ。しかしまだ何も為していないことは忘れてないぞ。此度の戦で古河公方の権威を取り戻さなければならないのだ」



 高基の消極的姿勢と足利義明の台頭により古河公方の権威が弱まっていることを亀若丸は幼い頃から痛感していた。特に高基の岳父で最大の後援者だった宇都宮成綱が没してからはそれが著しかった。


 また高基の外交政策も成功したとは言いづらく、当初北条と結ぼうとしたがその北条は義明と結び、祖父である政氏が推していた山内上杉との連携強化へ方針転換するが送り込んだ憲寛も義明と結ぶという失態を犯して関東の巨大勢力との同盟に失敗してしまった。


 そして義明の侵攻にも手が打てない父親に亀若丸は少なくとも自分が家督を継げばいいのではないかと思う程度には失望していた。


 力なき権威は容易に滅亡することをかつて伊豆に存在した堀越公方で学んでいた。亀若丸はその堀越公方のように古河の立場もこのままでは義明によって滅ぼされると危惧していた。


 亀若丸が理想としたのは初代古河公方足利成氏のような公方自らが戦い、各国の大名を従えて権威を強めるやり方だった。自分もそれに倣って古河公方としての権威を回復させるつもりだ。


 古河公方には直参と直轄領はさほど多くない。実際の戦では佐竹や宇都宮といった外様の勢力の助力を得なければまともに戦えなかった。それは小弓も同じで足利の弱点といってもおかしくなかった。だからこそ自らの手で小弓を討ち滅ぼし、古河の領土を増やすことが必要だった。



「ふむ、そういえば小山の当主も若いが自ら参陣すると聞いていたな。八郎、何か知っているか?」


「犬王殿のことですな。今年になって先代が病で倒れたために家督を継いだお方です。まだ十にも満たなかったはずですが」


「なんと元服前とは聞いていたがまだ幼いではないか」


「父上から聞いた話になりますが、どうやら自ら志願したのことらしいです」


「ほう、まるで儂みたいではないか。ただの世間知らずか、あるいは傑物か。中々興味が湧いてきたな。小山も先代から大きくなっているとも聞く。果たして宇都宮に代わる存在になるかどうかも見極めねばならんな」



 もし犬王丸が大きな器量の持ち主であったならば、次代の古河を左右する存在になるかもしれない。鷹のような鋭い目つきをした亀若丸は愉快そうに笑いを堪えたのであった。

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