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動乱の予兆

 一五二二年 下野国 祇園城 小山犬王丸


 最近宇都宮と結城との関係が悪化しているらしい。現結城家当主結城政朝は宇都宮家先代当主宇都宮成綱の時代に彼の娘を娶り、宇都宮家と同盟を結んでいた。だが一五一六年に成綱が没すると、それまで良好だった関係が一転する。


 その原因のひとつに成綱の跡を継いだ忠綱の個人的な感情が関係している。忠綱はたった三歳で家督を継いで衰退してた結城家を再興させた政朝の器量を危惧していた。実際に近隣では名君として政朝の評価は高く、特に小山は結城領の隣に位置するため、良くも悪くも彼の存在感が大きい。おそらく忠綱は近隣に名を轟かす義兄弟の才能に嫉妬したのだろう。


 忠綱の父である成綱も現古河公方足利高基の岳父であり、当時混乱していた宇都宮家を関東屈指の大勢力に押し上げた名将として関東で畏怖されていた偉大な人物だった。


 対して忠綱の評価はどうであろうか。噂によると忠綱は勇猛ではあるが決して戦上手というわけではなく、性格も傲慢かつ尊大不遜であるらしい。先代の頃はなんとか纏まっていた宇都宮家中も忠綱による強引な手法での支配に反発する者も現れたという。偉大な先代と自分より優れた義兄弟。ふたりの存在が彼のコンプレックスを刺激したのは間違いないだろう。


 それ以外にも結城の旧領を巡って意見が対立したことも両家の関係を悪化させた要因のひとつといえる。結城家は幕府に滅ぼされた足利持氏の遺児を擁立して反乱を起こした一四四〇年の結城合戦で敗北した際に、一時的にほぼ滅亡に近い状態にまで追い込まれた時期があった。その後、持氏の遺児である初代古河公方足利成氏のもとで結城家は再興されたが、結城合戦後に奪われた結城家の所領は宇都宮領に取り込まれてしまっていた。


 今回両家が争っている両勢力の境界付近に位置する中村城も、結城合戦後に結城家から宇都宮家の支配下に置かれていた土地であった。中村城主が宇都宮家屈指の闘将である中村玄角という武将が配置されていたこともあり、結城側も警戒も強めているようだ。


 両家の関係の悪化は前から噂になっていたようだが、ここ数年になって忠綱は本格的に結城家を排除しようと画策してきたらしい。まだ忠綱側に大きな動きはないが、遠くないうちに宇都宮と結城との同盟は解消されると考えてよさそうだ。


 そうなった場合、小山家も他人事では済まされない。なにせ小山は宇都宮・結城両方の領地と接しているからだ。どういった流れになるかまだわからないが、小山家も戦乱に巻き込まれる可能性があるかもしれない。


 数日後、俺の悪い予感は的中した。小山家に結城家からの使者が訪れたのだ。当然ながら俺は会合に参加できなかったが、使者が帰ったあと、大膳大夫から会合の様子について聞き出すことができた。


 大膳大夫によると、今回結城家が小山家を訪れた目的は対宇都宮の軍事同盟の申し出だったらしい。



「それで小山家としてこの申し出はどうするつもりなんだ?」


「御屋形様は協議が必要ですぐには答えられないとして、一応保留という形をとりました。ですが宇都宮は小山にとって因縁がある相手であるゆえ、おそらくこの同盟は成立するものでしょう」



 だろうな。成綱が死に、忠綱の強権で家中が混乱しているといっても宇都宮はまだまだ健在だ。悔しいが今の小山家単体では宇都宮に対抗するのは厳しいと言わざるを得ない。


 以前まで宇都宮と懇意だった結城家との同盟は小山家にとって戦力的にも地理的にも申し分のないものだ。それに結城家との同盟が成立した場合、すでに結城と連合を組んでいる下館の水野谷家、下妻の多賀谷家、山川の山川家ら下総の諸豪族も味方として計算できるから、必然的に小山領の東側の脅威は一掃されるのは大きい。むしろ断る理由が見当たらない。


 だがこれで本当に大丈夫だろうか。心のどこかに一抹の不安がよぎった。結城・小山間の同盟があれば宇都宮を圧倒できるとは思っていないが、対抗することは可能だろう。兵力でも同等近くを揃えることができるはずなのだ。それに結城の当主はあの名君の結城政朝だ。この同盟にはほとんどデメリットが存在しない。それでも俺は不安をぬぐえなかった。



「なあ、大膳大夫。これは結城と小山の同盟だったよな?」


「ええ。それがどうかいたしましたか?」



 大膳大夫が不思議そうにこちらを見た。



「あくまで仮の話なんだが、この同盟にもう一家加えることは可能なのだろうか?」


「若!? それは一体どういう……」



 困惑した大膳大夫は一瞬大声をあげそうになったが、すぐに周囲を見渡し誰もいないことを確認すると声を潜ませて俺に真意を尋ねてきた。



「正直にいうと、今さっき思いついたことだからただの子供の戯言とでも思って聞いてくれ。最初にいっておくと俺は結城との同盟自体には賛成なんだ。だけど妙に嫌な予感がしてだな」


「嫌な予感ですと?」


「皆川だ」



 俺がそういうと大膳大夫の目がカッと見開いた。


 皆川とは小山からみて北西に位置する皆川城を拠点にしている豪族皆川家のことだ。たしか皆川家は数年前に宇都宮家が鹿沼地方を平定したことで領地が宇都宮と隣接することになっていたはず。



「同盟を結んだ場合、宇都宮との抗争は避けられないだろう。だが、もし宇都宮が小山・結城連合との争いを避けて別勢力を攻めたら? 仮に俺が宇都宮だったら代わりに攻め入るのはどこかと考えたとき、真っ先に皆川が思い浮かんだ」



 ようやく内容を飲み込めた大膳大夫の表情が強張る。信じられないとでも言いたげに俺に詰め寄った。



「ですが宇都宮は鹿沼を支配下に置いたばかりですぞ。すぐに皆川まで侵攻するとは……いや、待て。先代ならともかく今代の宇都宮ならやりかねぬな」


「忠綱とやらは好戦的らしいから可能性のひとつとして考えられると思う。できればそんな事態は杞憂であってほしいが、もしそれが現実に起きたならば、皆川に宇都宮に対抗できる力はないに等しい」



 どれだけ見繕っても皆川が動員できる兵力は一千を下回る。いや五百を上回ればマシな方かもしれない。



「つまり若が同盟に入れたいもう一家とは皆川のことだったのですか。たしかに皆川が宇都宮の手に落ちるのは小山としても結城にしても避けたいところです」



 俺の言い分に納得してくれた大膳大夫は「これは至急御屋形様にご相談しなければなりませぬ」といって急ぎ足で父のところへ向かっていった。


 あっ、そういえば大膳大夫に小姓のこと聞くの忘れてた。

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