家督継承
大晦日になりましたがなんとか年内に投稿することができました
一五二八年 下野 祇園城 粟宮讃岐守
御屋形様が病に倒れて家督を犬王様に譲られることになった。岩舟、藤岡を支配下に置いてこれからという時期での早すぎる隠居は小山家にとって大きな痛手だ。
昔は穏やかな人柄と荒事より連歌や書物を好む十人並みの器量ということから周囲に不安視されていた御屋形様だったが、犬王丸様が生まれてからはそれらを払拭させる活躍ぶりを見せて小山家の勢力を拡大させてきた。
河原田の合戦で勝った経験が御屋形様に自信をつけさせたのか、以前より精力的に活動するようになり、事情があったとはいえ過剰に遜っていた公方様や幕臣に対しても小山家の当主らしく適切な範囲で堂々と振る舞うこともできるようになった。それだけではなく御屋形様の当主としての在り方にも変化が生じていた。
昔は家督を強引に継いだ経緯から全てを自分で背負おうとして空回りしていた節があり、それが家臣からの不信を招いていた。しかし自信を深めた今では過去の独断専行ぶりは鳴りを潜め、上手く周囲の人間を使うようになったのだが、御屋形様の人の使い方は極めて秀逸だった。
戦では武闘派の水野谷殿や小山右馬助殿らを、内政では岩上殿や細井殿らを重用している。一見御屋形様が重臣に政を任せきりにしてるようだが、実際は家臣の顔を立てつつ主導権は御屋形様が握っていた。しかもたちが悪いことに身分問わず御屋形様から任された家臣たちが次々と成果を上げるので私は御屋形様の先見の目に舌を巻くしかなかった。
その中でも最大の成果といえばやはり犬王様だろう。前から神童と評判であったが、一方で思考や価値観が我々とやや異なっていることで不気味がってる者も少なくなかった。そんな中、御屋形様は犬王様を信頼して犬王丸様の考案した様々な事業を支援したのだ。いくら賢いとはいえまだ幼子の思いつきを叶えるとは親馬鹿も過ぎると一門衆からも非難の声が上がったが、結果は言うまでもない。
今でこそ犬王様の政策は小山家にとって欠かせないものだが、それも御屋形様が犬王様に機会を与えたからこそ。もし御屋形様が犬王丸様の声を一蹴していたら小山家も今の犬王様の立場も大きく異なったものになっていたのは違いなかった。
犬王様に活躍の場を与え、衰退しつつあった小山家を再び纏め上げた御屋形様の手腕に改めて忠誠を誓った者も少なくなかった。それだけに今回の早すぎる隠居はあまりにも手痛い。もし隠居があと十年先だったならばと嘆くのは儂だけではあるまい。
幸いにも御屋形様の跡を継ぐ犬王様は物心がつく頃から神童と評判で本人も周囲の声に奢ることなく堅実に成長しており、そこらの元服したての若武者よりも安心して小山家を任せることができる。これは儂だけではなく重臣たちも同様の意見だ。中には犬王丸様の施策をよく思わない者もいるだろうがそれはごく少数だろう。
「待たせたな、皆の衆」
答えの出ない長考を遮るかのように幼いが覇気のある声が大広間に響いた。声の主である犬王様が上座に腰を下ろし、政景様と長秀様は横に控える様子に改めて犬王様が当主になられたことを実感する。
すでに長福城主と祇園城での評議をこなしているからか、まだ元服していないにもかかわらず犬王様の小さな身体からは威厳に満ちており、視界の端で新参の藤岡殿が目を見張ってるのが見える。思えば藤岡殿は長福城にいた犬王様とあまり接点がなかった気がする。昔から祇園城にいる者の多くが犬王様の功績を知っていたためすっかり失念していたが、多分藤岡殿らの認識では多少賢い子供程度の認識だったのだろう。
「すでに知っているだろうが病気の父上に代わって小山家の家督を継ぐことになった犬王丸だ。突然の事で混乱している者もいるだろうが、当主として小山家の更なる発展のために力を尽くすことを誓うとともに皆にはこれまで以上の貢献を期待したい」
だが犬王様の次の言葉が外様だけでなく我々をも驚愕させる。
「俺は将来下野を統一するつもりだ」
──下野の統一
予想だにしなかった言葉に思わず皆が呼吸を止めた。
下野には古来より小山を始めとして宇都宮、那須、長沼といった勢力が根づいている。小山家が源頼朝公から下野守護職を拝領されてから下野守護として君臨していた際も下野の一部を支配していたに過ぎず、下野一国の支配など夢のまた夢であった。その頃から何百年も経過した今もまだ誰も下野を統一した者はいない。宇都宮成綱すら近いところまで迫ったが結局成し遂げることはなかった。
周囲がざわめく中、犬王様は静かに続けた。
「俺の言葉を荒唐無稽と笑ったり、実現できるわけないと嘲る者もいるだろう。だが小山を大きくするためにはいずれ宇都宮も那須も喰らうべき相手であることに違いはない。時代は大きく変化している。力無き者は喰われる乱世でいつまでも国内で小競り合いできるとは俺は思わない」
そこで一度言葉を切り、周囲を見渡す。皆は緊張した面持ちで犬王丸様の言葉に呑まれていた。
言うは易く行うは難し。しかし犬王様からは所詮口先だけの妄言と断ぜないほどの迫力があった。
「小山を下野一の都市に、小山家を繁栄させるために皆の力を貸してほしい」
犬王様の力強い言葉に我々は自然と頭を垂らした。
小山を下野一の都市にする。以前なら戯言と切り捨てたであろう言葉に胸が熱くなるのを感じる。
犬王丸様の施策によって小山は昔よりずっと豊かになり始めていた。かつては見向きもしなかった商いも今や小山には欠かせないものになっており、家中からも商いに力を入れる者も増えてきた。
僅か数年でこのような光景を見せつけられて、どうして小山が下野一にならないと言い切れるだろうか。
片田舎でしかなかった生まれ故郷を豊かにするという若き当主に胸を打たれないわけがなかったのだ。
「この粟宮讃岐守成親、犬王様……いえ御屋形様に強く心服いたした! 粟宮の名に誓い、改めて小山家に臣従の意を示しまする」
思わず一歩前に踏み出て犬王様への宣言を口に出してしまったが後悔はない。周りは普段寡黙な儂が声高々に熱く語ったことに一瞬驚いていたが、感化されたのか我先にと次々に小山家への忠誠を誓いはじめた。
流石の犬王様もこれには驚き困惑したが、すぐに事態を把握すると不敵な笑みを浮かべてこう宣言した。
「皆の忠誠は強く伝わった。やることは多いが互いにこの小山を盛り立てていこうではないか」
その日の夜、儂は今日の出来事を伝えるために政長様のもとへ赴いていた。
政長様は今日は体調が良いらしく寝屋から起き上がっていた。しかし以前より顔色は優れず、やや痩せたように感じた。
恐らく別の者からも話は聞いているだろうが、政長様は何も言わず儂からの報告を静かに聞いていた。
「そうか、どうやら犬王丸は儂が家督を継いだ頃より家臣たちに慕われているようだな」
全てを聞き終えた政長様は静かにそう溢した。
政長様は公方様の家督争いに巻き込まれた小山家の存続のために家臣らに担がれた形で当主となった経緯があった。そのあたりの事情を加味しても当主としての指導力を示せというのは気の毒ではあったが、すでに元服を済ませており政務にも関わっていたはずの御屋形様が当初武将としての器量に欠けていたのも事実であった。
あの頃の小山家を知る者として、すでに大器の片鱗を見せている犬王様の存在が小山家にとってどれだけ重要なのかは痛いほど理解している。それは儂だけではなく、一門や譜代も同じ思いだろう。いやもしかしたら政長様が一番それを痛感しているのかもしれない。
「まるで麒麟児だな。犬王丸が生まれてから小山家は大きく変わった。家も、街も、人も。儂が当主として成長できたのも犬王丸の存在があってこそだった。思いもしなかった視点から物事を見る犬王丸にはいつも驚かされると同時に刺激にもなった。子に恥じぬ父親になろうともがくようにもなった。願わくば犬王丸が目指す小山を見てみたいものだ」
そう呟いた政長様はどこか儚げで儂は何も言うことができなかった。
一応これで家督継承編として一区切りにはなります。次回は編集してから当主編として投稿していければと思います。
投稿頻度は少なかったですが今年もありがとうございました。
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