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小山の血筋

 下野国 小山犬王丸


 ──父上が倒れた。


 その急報は長福城の俺のもとにすぐに届いた。一瞬頭が真っ白になったがそれは弦九郎たちも同じだったらしい。周囲の様子を見て却って落ち着きを取り戻した俺は僅かな家臣を伴って急いで祇園城に向かうと門にはすでに政景叔父上からの使いの者が待っていた。その使いの者に促されて父上がいる屋敷の奥へ足を進める。


 そこには医師の診察を受けながら横になっている父上の姿があった。父上と最後に会ったのは正月の頃でまだひと月も経っていなかったはずだが、目の前の父上はそのときより明らかに顔色が悪かった。意識ははっきりしているようで横になりながら医師の問いかけにもしっかり答えていた。


 目の前の父上に目を取られてすぐに気づかなかったが、部屋には母上、政景叔父上、長秀叔父上が揃っていた。妹たちは別室で侍女が面倒を見ているらしい。


 父上が倒れたのは今朝のことで、起きたときから見るからに体調が悪そうだったらしく本人も身体の怠さと息苦しさを感じていたようだ。それでもまだ体調はマシな方だったようだったが朝餉の前に急変し突然吐血し倒れてしまった。


 あまりに急なことだったので初めは毒を疑われたが医師は毒の存在を否定した。



「毒ではないようですが、もしかしたら御屋形様は胸を病んでいるのではないかと思われますな」



 彼はなんとあの名高い田代三喜の教えを受けた人物でその腕は確かなものだ。


 毒ではないということに一旦安堵はしたものの俺の中の不安は晴れることはなかった。医学が発達していないこの時代において胸の病は不治の病とされており、漢方薬を処方したり安静にするなど自然治癒に任せることはできるが根本的な病気の治癒は不可能だった。


 この胸の病というのは現代で言うところの肺結核だ。公衆衛生や医学が発展した現代においても多数の患者を生み出しているこの病気は戦国時代では死の病同然であった。


 抗生物質もない時代の結核の致死率は高くどんな名医であっても打つ手がなかった。


 医学について無知な俺にできることはせいぜい石鹸やアルコールを使って衛生を保つくらいで、残念ながら治療どころか現代知識を生かした医学の向上などは不可能だ。


 顔色は優れないが幸いにも父上の意識はしっかりしており、自らの身体を動かすこともできるようだ。だが胸を病んだことでこれ以上当主として働くことは厳しい。時折息苦しそうにする場面も散見され、叔父上たちの表情も悲壮だった。



「そうか……ひと月くらい前から違和感はあったが、無理せず休むべきだったかもしれんな。あのときは小山に動揺を招くことを避けるために無視していたが裏目に出てしまったか」



 横になった父上がポツリと溢す。それは酷く気落ちしているかのように聞こえた。


 まだ三十前で働き盛りの世代である父上には早すぎる病だった。もし健康ならば後十年、二十年は槍働きができたかもしれない。だが政務の一部はできるかもしれないが、もう当主として今までのように活動できないのは誰の目から見ても明らかだった。



「兄上、ご決断を」



 この場を代表するように政景叔父上が父上に促す。父上の意識がはっきりしているうちに今後どう動くか判断を仰ぐつもりのようだ。



「わかっておるからそう急かすな。本日をもって儂は隠居し、小山の家督は犬王丸に継がせる。政景と長秀は後見役として犬王丸を助け、小山家を共に盛り立てよ。これは当主としての最後の命令だ」



 家督継承。


 半ば覚悟していたがいざそうなることが確定すると武者振るいが止まらない。


 当主としてこの身に小山の家臣や民たちの未来を全て背負わなければならない重圧や不安がないわけではない。だが同時にその背負う者たちを新たな世界に導くこともできるのもまた事実だった。


 父上の病と仕方ない事情があったといえ、元服前の若造が当主となることは内外に動揺を与えることにもなる。幼い当主への交代を機に外部の勢力は間違いなく小山へ介入を狙ってくるだろうし、内部でも俺を快く思わない不穏分子が現れてくる可能性も考えられた。


 特に気をつけなければならないのは他家による小山家の乗っ取りだ。近隣の勢力は小山の分流が多く、もし乗っ取りを画策しているのなら俺が幼いという理由で自分たちの息子を養子に入れてくるだろう。


 そういうことを考えると最も警戒すべきは祖父の生家である山川家だ。下総の山川館を本拠としてる山川家は結城家の分流であるが、本家の結城家を凌ぐ時期もあった実力者だ。そしてその山川家は実際に小山家と結城家へ自分の息子を養子縁組させて両家の家督を継がせていた実績があった。


 小山家では当時後継者を相次いで失ったところに俺の祖父である成長を送り込み、当主の座に就かせて父上、俺へと山川系の血筋が続いている。


 一方結城家では現当主政朝の父にあたる氏広の死後、当時まだ幼い政朝の代わりに山川基景(もとかげ)という人物を養子縁組させて当主に据えようとした。しかし基景が若くして急死してしまったため政朝が当主となり結城家は山川系の血筋にはならなかった。


 その後当主の入れ替わりによって今では以前より勢力が衰えて結城家を忠実に補佐しているが、すでに山川の血が入った小山家へ干渉してこないとは限らない。むしろ当主の生家であることを口実に手を伸ばしてくる可能性の方が高いと言えた。


 もし本当に山川らが養子を送り込んでくるのなら、結果はどうであれ小山は間違いなくふたつに割れることになる。勝てれば当主の座は守れるが負ければ廃嫡。そのときは最悪存在を消されるだろう。幸いにもこの場にいる者たちは俺の家督継承に賛成の立場だが、普段あまり繋がりのない重臣たちがどう動くのか判断がつかない。


 家督継承の正当性は嫡男である俺にあるが、中には幼い俺に小山家の将来を任せるのに不安を抱く者もいるだろう。そういった者も含めて小山家をひとつに纏めるのが当主としての最初の仕事になりそうだ。


 外部からの介入を防ぎ、内部をひとつに纏め上げるのは困難だとわかっているが、今後小山家を発展させるためには避けて通れない道なのだ。


 思わず苦笑してしまいそうになるような状況であると同時に、昂りを感じていることに驚きと安堵を覚える自分に気づく。


 なるほど、前世の記憶があってもこの身体は戦国を生きる武士(もののふ)だったのだ。

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