小山三兄弟の宴 後
下野国 祇園城 小山長秀
書状は犬王丸が政長兄上へ宛てたものだった。しかしそこには小さな子供が親に送るような文ではなく様々な施策の提案について書かれていた。犬王丸の時点でただの書状ではないことに勘付いていたが、実際は己の想定を更に超えていた。
書状に書かれていたのは施策の名前らしき名称とその詳細について。
「兄上、正直申しますと私はここに書かれている内容の半分も理解できませんでした。文官や素破の拡充はまだしも所領役帳や検地とやらは完全に私の理解の範疇を超えております」
隅々まで読んではみたものの、文官や素破の拡充も文として読めている程度で所領役帳などについてはどういうものかすら理解することができなかった。別に犬王丸の文章が難解だったわけではない。寧ろ変に遠回しではない分、誰が見てもわかりやすいまである。
書状に書かれた主な施策を挙げていくと以下のとおり。
○文官の拡充
○素破の召抱え
○検地の実施と隠田の摘発
○村の人口の把握
○検地後の所領安堵
○所領役帳の作成
○年貢の四公六民
○常備兵の設立
その他に細かな施策が何点か書かれているが主な施策だけでもこれだけの数がある。普通ならこれをまだ七つの子供が書いたなんて誰も信じないだろうが、書いたのが犬王丸なら話は別だ。彼は誰も知らなかった新たな手法で小山に莫大な富をもたらした実績がある。これをただの戯言と切り捨てることができないほどの実績が。
「長秀はこう申しておるが、政景はどうだ?」
「……一応は理解はできました。できましたが、これはあまりにも画期的すぎます。それこそ実施すれば家臣の混乱や反発が容易に想像できるまでに」
「だろうな。だが犬王丸もそれを予想していた。宇都宮のこともあったからな」
宇都宮は主家の権限を強めようとした結果、家臣の反発を招き当主を追われることになった。今の宇都宮は実権は家臣たちが握っていて当主はお飾りでしかない。所領は変わらなくてもかつて北関東最強と栄華を誇った宇都宮の姿はもう失われた。
「犬王丸の案は長い目で見れば小山にとって益があるものばかりだ。だが同時に性急に進めれば小山が宇都宮の二の舞になることも理解していた。だからこのやり取りをしたときに犬王丸はもし実施するなら段階的に事を進めるべきとも書いていた」
「犬王はそこまで理解しているのですか……」
彼の先見の明に思わず唸ってしまう。並の者なら案を出しただけで満足してしまうというのに元服前の子供がここまで考えているとは。
犬王丸はどこまで先を見通しているのだろう。そもそもこのような案が思いつく時点で尋常ではないし、その施策の影響すら頭に入れていたなんて大の大人でもできる者は少ない。
石鹸のときといい、この施策案といい、犬王丸と私たちが見ている景色はきっと違うのかもしれない。彼はいつも私たちと別の視点から物事を、いや遥か遠くを見つめているように感じた。
「本当に神童、聡明という言葉では片付けられんよ。あれこそ希代の名将の器なのかもしれんな。だが犬王丸はまだ子供だ。このまま真っ直ぐに成長すると断言はできんし、道を誤ることもあるだろう。周囲の者が犬王丸のことを理解できないかもしれない」
そうおっしゃった政長兄上だがその言葉は己への戒めのようでもあった。
兄上は犬王丸の才能を評価して長福城を任せることを命じた。長福城には城代や家老たちがすでに入っていたが、犬王丸はあっという間に家老の九郎三郎らの心を掴んだ。また治世も以前と大きく変化させることはなかったが、過重な年貢を取ることを嫌い、冬場には油の原料となる植物を栽培させたり、食い扶持に困る未亡人や戦傷者らを石鹸作りに参加させて銭を渡すなど民からも慕われている。
しかし私たち兄弟は知っている。兄上が自身の手元から犬王丸を離したことを後悔していることを。
たしかに犬王丸の成長と成功を見ている限り長福城を任せたことは間違いではなかったと断言できる。だが兄上は同時に己の失敗を自覚してしまったのだ。
風の噂に聞くと犬王丸は自らの足で領地を視察し、直接民たちと触れ合いながら問題点や改善点を見つけていたそうだ。そして勉学や武芸も怠らず常に民を慈しむその姿はまるで知勇仁兼備の将だとも。
多くの将はこの噂を聞いたときは『流石犬王丸様だ。これで小山の将来も安泰だろう』とまるで自分のことのように誇っていた。かくいう私もそのひとりであった。だが政長兄上はその噂を素直に喜べなかった。
あるとき兄上はこう漏らした。
『犬王丸を無理矢理大人にしてしまった。子供の時間を奪ってしまった』
この言葉で私は初めて政長兄上が後悔していたことに気づいた。
兄上は犬王丸の才能を認めていた一方で犬王丸に大人の役割を背負わせることを快く思っていなかった。それは犬王丸を認めないということではなくて普通の子供のようにのびのびと成長してほしいと望んでいたからだ。
思えば犬王丸の周りには年上の武将たちは多くいても同年代の幼馴染や遊び相手は近くにいなかったと気づく。唯一それに近いのが小姓の弦九郎だが彼は小姓であったし犬王丸より十近くも年上だった。つまり犬王丸は常に大人の中にいたのだ。
私や若くして家督を継いだ政長兄上にも幼馴染や友と呼べる者はいたが、犬王丸にはそれがいないのだ。
「犬王丸にはもっと子供らしく成長してほしかったのだ。ハッ、我ながらこの前の戦に犬王丸を連れていった者の言葉とは思えぬな」
「兄上……?」
「今日はここまでとしようか。二人とも付き合ってもらってすまないな。今後も犬王丸を支えてやってくれ」
そういい残すと政長兄上は足早に席を去っていった。私は兄上の様子に違和感を覚え、その背中を追いかけようとして迷い──そして足を止めてしまった。
結局、この日は兄上と会うことなく眠りにつくことになる。
だが私は後にこの行動を後悔することとなる。
その翌日、兄上は血を吐いて倒れた。
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