小山三兄弟の宴 中
短いです
下野国 祇園城 小山長秀
「そんな悲壮な顔をするな。案外悪い話ではないかもしれないぞ」
「それは何の話でしょうか」
「長秀と岩舟の縁談のことに決まっているだろう」
「………………」
……縁談?しかも私とあの方の?今のは私の聞き違いだろうか。あるいは都合良く聞こえただけなのかもしれない。
「聞こえなかったのか?お前と岩舟の縁談だ」
「兄上、長秀が放心しています」
二人が何かいっていたがすでに私の耳に届いていなかった。けれど政長兄上の言葉はしっかりと届いている。やはり縁談のことは聞き違いではなかったのだ。
「ま、真でございますか!?」
「声が大きいぞ。やっと正気に戻ったと思えば突然大声を出しよって。姪たちが起きてしまうではないか」
政景兄上が苦言を呈していたが私にとってはそれどころではなかった。彼女のことをほとんど諦めていたどころか叶うはずがないと思っていたからだ。
「彼女は未亡人だがまだ若い。今は侍女として働いてはいるが、岩舟の跡取りである息子が元服できるまで後ろ盾がないのは心細いだろう。それに小山としても西の要となる馬宿城は今後も安定して支配したい。そこに旧主である岩舟の血が入れば統治もしやすくなるはずだ」
「つまり小山としても利点があると?」
「ああ、だがもし本当に長秀が彼女を娶るつもりなら馬宿城はお前に任せることになる。土佐守には悪いが、岩舟の旧臣を束ねるためには岩舟の血を利用した方がいい」
佐野・足利方面へ抜ける街道沿いにある馬宿城は交通の要として今後の小山にとって重要拠点のひとつで、同時に唐沢山の佐野や足利の長尾に対する最前線の拠点となる。
馬宿城の規模は館としては大きい部類に入るだろうが、最前線の拠点としては館を拡張した平城である馬宿城の守りには不安があった。馬宿城には二重の堀が巡らされているが縄張は本丸を囲むような形の曲輪があるだけで地形を生かした要害というわけでもない。
近隣勢力の佐野や長尾とは領地こそ近いがこれまで交流はほとんどなかった。同じ古河に仕える佐野は先の公方様の家督争いに組みさず自らの地盤を固めていた。高基様が家督を相続したあとも佐野は足利や桐生の西側に注視していたので小山と接点はあまりなかった。
しかし今回佐野と小山に属していなかった馬宿城以東の太日川流域を攻めとったことで佐野の領土と隣り合わせになってしまった。今のところ佐野に大きな動きはないが間違いなく小山を警戒しているはずだ。
「元よりそれは覚悟の上でございます。是非とも私に馬宿城を守らせてくださいませ」
「さようか。ならば長秀と岩舟の方の婚姻を許可しよう。馬宿城を任せていた土佐守には祇園城へ戻ってもらうつもりだ。案ずるな、元々土佐守には戦後処理のために馬宿城に残ってもらっていたのだ。彼からしたら帰還の予定が早まったと思っているだろう。彼の方でひと段落がついたら引継ぎできるよう指示をだすとしよう。もちろん彼には相応の恩賞を与えるつもりだから安心せよ」
兄上の配慮に頭が下がる。もし無理矢理異動となっていたら私の行動が原因で一門衆から恨まれることになり、新たな分断を生んでしまうところだった。
そして私の縁談によって新たなる問題として浮上してきたのが岩舟の先代当主監物の遺児の扱いについてだった。
兄上は保護した当初は無事元服できたら岩舟を再興させる許可を出していたが、小山と岩舟の婚姻が決定した今、改めて岩舟の家督を継がすべきなのかどうか決めかねていた。
岩舟の状況を考慮すると私の婿養子入りは既定路線だ。だが監物の遺児に岩舟を再興させる許可を翻意にすれば岩舟の旧臣から反発を食らうのは確実。しかしそれでは私の子供が生まれても家督は継げないという問題があった。
そこで三人で話し合った結果、私の婿養子入りと監物の遺児の岩舟再興、私の子供は元服後に岩舟小山という小山家の分家を立てさせることで一応解決の目を見た。まだ問題は山積みだがこれ以上は私自身で解決しなければならない。
「さて長秀の縁談が纏まったことだし、話を変えてもよいか。といっても犬王丸のことだがな」
政長兄上はそういうと一枚の書状を私たちに見せてきた。一瞬躊躇したが政景兄上が書状を受け取って内容を吟味する。
書状を読む政景兄上から息を呑む音が聞こえた。初めは興味深そうだった表情が次第に険しいものへと変わっていき、読み終わった頃には脱力して溜息を漏らしていた。しかしそこに怒りや呆れといった感情はなく感心した様子ではあった。
そんな兄上から書状を受け取り読み込んでいく。
「これはまた変わった書き方で癖がありますな」
書状に書かれた文字は普段我々が使うような繋げ字ではなく一文字一文字何が書かれてるのか明確に記してあった。見慣れない形式だったので少々読むのに時間がかかったが、よく見てみると変な癖などがない分、何が書かれてるのか明確に理解することができた。今まで見た書状でも癖が強すぎて何が書かれてるのかわからないものが少なくなく、解読に時間を費やさなければならないこともあった。しかしこの書き方なら慣れるのに時間がかかっても明確に内容を判別することができるので誤読や解読不能になることも少ない。
最初は文章の書き方に感心していたが、読み進めていくと次第にそんな感情は吹き飛ばされていく。内容は犬王丸が政長兄上に宛てた手紙なのだが、その内容はとても子供が父親に送るようなものではなかった。
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