馬宿城陥落
下野国 馬宿 小山犬王丸
防御に難を抱えていたとはいえ籠城策をとっていた馬宿城がわずか一日で陥落したのはどうやら監物側に問題が発生したかららしい。
小山家への臣従を拒んで諸城から援軍を得た監物だったがいざ開戦すると経済的にゆとりがでたことで装備が整われた小山軍の勢いに呑まれてしまっていた。元々岩舟の中でも臣従派も多かったのだが当主の監物が強硬に抗戦を主張して臣従派を責めたために臣従派も抗戦に転じざるを得なかった。しかしいざ戦になると散々徹底抗戦を唱えた当の監物が小山の攻勢を前に呆気なく戦意を喪失してしまった。
これに岩舟の家臣だけでなく援軍にきた諸将も激怒。自分たちで派兵を決めたとはいえ執拗に援軍を要請してきた当事者が戦意喪失したのだ。援軍の将からしたらたまったものではないだろう。もはや戦う意義はないと早々に自軍の兵を安全な後方に置いていつでも戦線離脱できるようにしてたそうだ。
内部分裂してしまった城は脆い。援軍が手を引いてしまったこともあって、ただでさえ劣っていた人数が更に減って城はあっという間に陥落してしまった。
馬宿城落城後、父上は馬宿城を前線の拠点として利用することを決めており、一門の小山土佐守を城代に旧岩舟家臣と百の兵を預けた。
城主である監物と強硬な主戦派だった重臣たちを切腹させて監物の妻子は小山へ連れて帰ることにした。幸いなことに土壇場での心変わりをした監物は家臣や援軍から見放されて愛想を尽かされていたようで彼の助命を願う者はいなかった。
監物は最期まで命乞いをし続けていたが彼の態度や戦での振る舞いに父上や小山の重臣たちも快く思わなかったようで冷酷に切腹を促していたが、それでも監物は足掻いていたようで最終的には無理矢理抑えつけて首を撥ねることになった。最初は俺も切腹の場に同席してたが、あまりに長時間足掻いて命乞いする様は見てて気持ちがよいものではなかった。首が撥ねられた場面では思ったより感情が動くことがなかったようで吐き気や不快感が全く起きなかった。
ところで監物はどうやら他家から婿養子として入っていたらしく、岩舟の血を引いていたのは奥方の方だったので岩舟妻子の助命によって家臣たちからの反発を抑えることができた。監物の子供はまだ赤子だが男児なのでいずれ家督を相続できるかもしれない。
「初めて戦を目にしてどうだった」
祇園城への帰途、父上が俺に言った。
「正直、俺は戦をどこか甘く見ていました。分かっていたつもりでしたが、どこか他人事というか現実的に受け止めていなかったようです」
戦帰りの将兵は何度も見ておりその苛烈さは理解したつもりだった。しかしいざ戦場に出てみるとそれまでの覚悟がどれだけ甘かったのか痛感することになった。
今回の戦は相手の自滅も相まって一日だけの攻城戦になったが、それでも目の前で人の生き死にを目の当たりにすると比較的安全な本陣からでも戦の雰囲気に呑まれてしまった。俺ができたのは歯を食いしばってただ戦況を見つめることだけだ。極度の緊張で指示なんか到底出せるとは思えなかったし、仮に出したところで頓珍漢なことしか言えないかもしれない。
「そうであろうな。だが恥じることではない。皆、初陣のときはそうなるものだ。大抵は戦の空気に呑まれて平静さを保つことなんてできないし、生きて帰ったときには漏らしていることも少なくないのだ。犬王丸はそんな中でも己の状態をよく理解できていたようだな。初陣でそこまでできる者は多くないぞ」
無理矢理だったが連れてきて正解だったと笑う父上。
聞けば父上の初陣は酷い負け戦だったらしく命があったのが不思議だったという。しかも相手は宇都宮成綱と結城政朝という名将揃いで父上は佐竹・那須・岩城と連合を組んで挑んだが歯が立たなかった。
「あまり気に病むことはないぞ。犬王丸は今回のことを学んでいるではないか。出陣前と比べて目つきが明らかに変わっているからな」
「それは真ですか?」
「ああ。今のお前の瞳には以前にはなかった鋭さがある。まるで一皮剥けたようだ。その歳でその瞳をするとは儂も安心して隠居できるかもしれぬな。はっはっは!」
「父上は気が早すぎですって。せめて隠居は俺が元服するまで我慢してくださいよ」
「それなら犬王丸の元服を早めても……冗談だから睨むな睨むな」
馬宿城の落城と監物の死によって監物に与していた地侍たちは小山家への臣従を明らかにした。馬宿城へ援軍を送った家の中には徹底抗戦を唱える者もいたようだが、彼らをまとめていた監物が死に残りの近隣の地侍たちが結んでも小山に敵わないことが明白だったため馬宿城落城後は一度の戦もないまま小山家は馬宿城から太日川流域付近を一気に支配することに成功した。
また太日川流域の藤岡郷を治めていた藤岡城の藤岡讃岐守も小山家への臣従を申し込んできたのは朗報だった。讃岐守は監物との繋がりはなかったのだが、支配圏が隣り合った勢いのある小山家との対立する意思はなかった。
これにより馬宿城以南太日川以北を完全に掌握した小山家は古河公方の御料地である榎本領以外の土地で太日川の水運を手にすることができた。しかし小山と違い本格的な船場が整備されていないため太日川の水運を存分に生かすのはしばらく先になりそうだ。
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