表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
309/345

榎本の陰謀

お久しぶりです。

 下野国 榎本城 水野谷八郎


「御屋形様は我ら古参を蔑ろにしすぎている」



 どうも御屋形様とは価値観が合わない。なぜ民などをあそこまで大事にするのか理解できなかった。


 それに二年連続で年貢を減額だと。あいつらを甘やかして何になる。民のために我らに不利益を受け入れろというのか。今までは大きな不利益が生じていなかったから素直に従ってきたが、不利益を押しつけてくるとなれば話は変わる。


 抗議のために城に引き籠り、御屋形様が折れるのを待ったが、御屋形様は折れるどころか逆に儂から榎本城主の座を奪った。まさか古参の重臣であるこの儂にそのような沙汰を下すとは思わなかった。家臣らは御屋形様に詫びるべきと言ってきたが、ここまで舐められて頭を下げるなどできようか。


 榎本の後任には一族の右衛門尉が選ばれたが儂は御屋形様の命に背いて水野谷の頭領として振る舞い続けた。右衛門尉は御屋形様から榎本を任されたとはいえ水野谷での立場は儂より低い。一度右衛門尉が城を明け渡すように言ってきたが儂に一喝されるとすぐに日和見して儂の振る舞いを黙認するようになった。


 そんな中、接触してきたのが土佐守の倅である半助だった。半助は夜闇に紛れて榎本を訪れるととんでもないことを言い出す。



「御屋形様に一矢報いたいとは思いませんか?」


「……それを儂に言うということがどういう意味を持つと知ってのことか?」



 言外に今言ったことは聞かなかったことにしてやると半助に示すが、奴はそれを読み取ることはなかった。



「左様。今の御屋形様はあまりに横暴すぎる。多くの功績を残されてきた八郎殿にこのような仕打ちをするなど許されることではない」


「ふむ、それもそうか。だが半助よ、なぜそこでお前が出てくるのだ?大方、義憤だけではないのだろう」


「さすがは八郎殿。率直に申し上げますと御屋形様は我が父土佐守の仇なのです。だろう、左近よ」



 半助はそう言うと自身に従っていた男に声をかける。その男は儂から見ても異様な姿をしていた。頭に黒い頭巾を被り、目元から下は同じく黒の布で覆っていてどのような顔なのか判別ができない。だが半助は明らかに不審な男を心底信用しているように見えた。



「半助、その者は?」


「彼は相羽左近という。新参ではあるが儂の腹心だ」



 左近という者は儂に向けて無言で頭を下げる。明らかに怪しいが、小山家でも山本勘助のような例があるので深くは言及しないでおく。



「しかし仇とは驚いたな。土佐守は病で亡くなられたのではないか」


「いいえ、あれは一種の暗殺なのです。父は御屋形様にに見殺しにされたのです!だよな、左近」



 半助曰く、土佐守は流行り病に罹っていたが事前に種痘を打っていなかった。他の一門は打っているにもかかわらずだ。それに土佐守は種痘に肯定的であり、打たない理由がない。きっと御屋形様が打たせなかったに違いない。


 半助は父の死は御屋形様の陰謀だと信じ切っていた。だが儂はそれを信じることはない。なぜなら土佐守は自身の年齢を理由に種痘を断っていたことを知っていたからだ。つまりは半助が言っていることは荒唐無稽に過ぎない。


 どうやら誰かに変なことを吹き込まれたようだ。儂はそれは違うと否定したが半助は皆同じことを吹き込んでくると頑なに信じようとしない。儂がこんなことに時間をとられたのかを呆れていると再度半助が口を開く。



「我らと手を組んで祇園城を落としませぬか」



 半助が提案したのは謀反だった。



「自分が何を言っているかわかっていてのことか?」


「勿論。八郎殿もここで燻っているつもりはないのでしょう」


「……話だけは聞いてやる」



 半助は嬉しそうに計画を話し出す。半助は儂を味方に引き入れて祇園城を奇襲して御屋形様を討ち取るつもりだという。儂が味方すればそれに同調する者が出てくるはずだと。計画の粗さは気になるが、たしかに祇園城を奇襲するのは出来なくはない。祇園城はそこまで守りが堅い城ではなく、儂の兵があれば一時的に乗っ取ることは簡単だ。



「だが仮に落としたとしてその後はどうするつもりだ。御屋形様の身柄がどうであれ、後詰は必ずやってくるぞ」


「それについてはわたくしからお話いたします」



 口を挟んできたのは左近という奴だった。



「ご当主様は討ち取り、嫡男の竹犬様と奥方様には人質になっていただきます。表向き半助様は竹犬様の後見者として小山家の当主として振る舞ってもらいます」


「だが他の一門は健在だ。彼らが黙っているはずがない」


「いえ、ご当主様が亡くなれば彼らは烏合の衆に過ぎません。求心力なき者たちに従う兵は少ない。こちらに味方する者の方が多くなることでしょう」



 妙に確信めいた言葉に儂は引っかかりを覚える。此奴、何者なのかと。そして仮に左近の言うことが真だったとして半助に御屋形様の跡を継げるほどの器があるとは思えなかった。


 今でこそ対立しているが御屋形様の器量は本物だ。それに比べてこの半助は分家の世間知らずの餓鬼でしかない。おそらく土佐守の死を巡る陰謀も左近に吹き込まれたのだろう。それに気づかない時点で器は知れている。


 正直妙味がない話だが、とはいえこの話を断ったとして現状が変わるわけではない。それならばこの話に乗って復権を果たすべきではなかろうか。


 死にゆく御屋形様に儂を切り捨てたことを後悔させる。なるほど悪くはない。半助が当主としての器量がないのであれば今後の主導権を握れば今まで以上に水野谷は大きくなる。左近とやらは不気味だがそんな者はいつでも排除できるだろう。と考えるとやる価値はありそうだ。



「なるほど、では協力いたそう」


「真か!?」


「ああ、どうやらこちらにも益がありそうだ」

もしよろしければ評価、感想をお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
この場で切って捨てる選択も可能だとは思うけど、領内の不穏分子をまとめて処理する犠牲にでもなるつもりだとよいのだけど。
更新ありがとうございます。 相羽左近……一体何者なんだ…… 残念だけど八郎はここまでかな… 信長、秀吉、家康の三傑にも、最初から最後まで仕えていた家臣はそう多くはないからな… まあ、息子がいるから…
面白い! 続きが楽しみ。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ