始動
一部修正しました。
一五二二年 下野国 祇園城 小山犬王丸
大膳大夫から塩水選擬きについて父の政長から実施の許可が下りたことを知らされた。成果がまだ出ていないのと塩の費用の高さから、とりあえず小山家が直接支配している祇園城下の水田の一部だけでおこなうことになったらしい。成果が出るのは来年以降になるが、もしこれが成功すれば規模を広げることもあり得るかもしれない。
「よかった。もし許可されなかったらどうしようかと思ったぞ」
「その心配は無用でしたぞ。御屋形様も試す価値が十分にあると賛同しておりました」
大膳大夫はそう答えるが、この案が通されたのは重鎮である彼の口添えも大きいと思っている。でなければ、ただの三歳児が考えた方法をそうすんなりと採用されることはなかったはずだ。
だがこれで本格的に内政に力を入れることができるようになった。まだ大膳大夫の後見が必須だったり制約も多いが、順調に成果が出ればそんなことは些細な問題でしかない。
ただ塩水選擬きだけでもこの時代ではかなり革新的な手法である。焦り過ぎて未来の知識を乱発してしまえば民達が混乱あるいは反発を招くことになるだろう。小山を豊かにするための手段なのに民を混乱させては本末転倒であり、避けなければならない事態だ。しかし悠長に構え過ぎてしまえば、成果が出る前に他勢力の侵攻を許すことになる危険もあるので、そこの匙加減は慎重に判断しないといけない。
農業に関しては塩水選擬き以外にもまだまだ導入したいことがたくさんあるし、農業以外にも商業や兵站など取り組まなければならないことが山のように積み重なっている。
俺は小山家の跡取りとして生まれたからにはこの小山領をより発展させていかなければならない。それに戦乱から民を守る責任がある。
『富国強兵』
それが俺が掲げる理念だ。
はっきりいって小山家は弱い。かつて下野守護を歴任した名族とはいえ今では下野の一部を支配している国人のひとつでしかなく、下野だけでも宇都宮・那須・皆川・佐野・壬生といった同規模かそれ以上の勢力が乱立している。
今は小康状態らしいのだが、一度情勢が変わればどうなるか見当がつかない。もし近隣の勢力が団結して小山家と争うことになれば間違いなく小山家は滅亡するだろう。
生き残るためにはあらゆる力をつけなくてはいけない。優秀な人材もそのひとつだ。今は塩水選だけだからまだいいが、今後内政に力を入れるには人手が必要になってくる。大膳大夫も重臣であるため有事の際は俺から離れることがあるだろうし、老年の彼に負担を強いるのもよくない。
「というわけで、小姓もとい人手がほしい」
「そうですなぁ。若の言う通り、儂も四六時中そばにいることはできませぬゆえ、小姓をつけることには賛成ですな。御屋形様もお許しになりましょうぞ」
「ただ俺は大膳大夫以外の家臣達とはほとんど顔を合わしておらんから、誰が適任かどうかわからんな」
「でしたら儂が御屋形様と掛け合ってみます。必ずや若のお望みの者をご用意いたしましょう」
最後に大膳大夫に希望を尋ねられたので、できれば若くて忠実に従ってくれそうな者、そして有能であれば身分は問わないことを伝えた。身分を問わないことに大膳大夫は驚いていたが、俺が今ほしいのは家格が高いだけの無能ではなくて、施策を確実にこなせる人間なのだ。
小山家が下野で生き残るためには他の国人達を喰らうしかなく、同等の勢力を相手にするには内政に力を注いで国力を蓄えることが重要になってくる。今までのような小競り合いを続けたままでは領土を守ることはできても増やすことは難しい。かといって今すぐ領土を拡大するのも国力的に厳しいのが現状だ。せめて数年は他領に侵攻しないで内政に集中させたい。
これからの時代に必要になってくるのは大量の銭と情報だ。あいにく下野は京から離れた関東の内陸部に位置するのため海が存在しない。幸いにもここ祇園城は思川の河岸段丘上に築かれており、城のすぐそばに思川が流れている。城の近くには小規模ながら船着き場があり、昔から舟運がおこなわれていたらしい。思川は武蔵まで続いているため、海のない下野において舟運による交易が期待できそうだ。だがその一方で思川中下流の低地部分では渡良瀬川と巴波川の水が集まるため、しばしば氾濫が起きている。舟運を盛んにさせるためにも思川の治水は今後の課題といえるだろう。
だめだ。内政のことを考えてても今できないものが多すぎる。一旦内政のことは頭から離しておくことにしよう。
「面白かった」「続きが気になる」「更新がんばれ」と思ったら感想ください!




