長福城
下野国 小山犬王丸
祇園城から鎌倉街道を南下していくと思川沿いに築かれた長福城の姿が見えてくる。本丸と内堀で二分された曲輪の合わせた三つの区画から成る長福城は本拠地の祇園城と比べると規模こそ劣るが、それでも祇園城の本丸と二の曲輪を上回る広さを誇る。長福城が築かれた二条山は標高が低く、山というよりは丘に近い。しかし西側は思川の河岸段丘上のおよそ一三メートル近くの崖で守られており、南側は思川の岸を堀切って二重に堀が廻らされている。
またこの場所は西に富士、東には筑波、北は日光の三山を遠望することができるという眺望に優れた立地で各方面の監視も可能だった。
長福城の北側にはかつて小山家が保護した長福寺と呼ばれる寺があったのだが、義政公の戦乱によって寺は焼失してしまい、そのまま廃寺になってしまっていた。長福寺は今現在も再建されておらず、長福寺跡地は更地と化している。
城を南下すると船場が置かれており、そこでは思川沿いを行き交う船舶が様々な積荷を揚げ下ろしている。近くには市場が開かれ、多くの人々が行き来していた。船場から鎌倉街道までの道筋には西林寺という寺が建てられており、船場を利用する人々を中心に信仰を集めていた。
「お待ちしておりました犬王丸様。某は岩上伊予守が嫡男岩上九郎三郎政堅でございます」
長福城に到着すると、それまで長福城に詰めていた在番の将たちの代表として三郎九郎が挨拶にきた。
「お初にお目にかかる。新たに長福城に着任した小山左京大夫が嫡男小山犬王丸だ。父上からはそなたたちの働きについて聞いておる。これまで長福城守備の任、誠に大義である。すでに話は聞いているだろうが、一部を除き本日よりそなたたちは俺の指揮下に入ることになる。いきなりきた若造の命に従うのは抵抗があるだろうが、これからよろしく頼むぞ」
「とんでもございません。若様のご活躍はこの長福でも耳に挟んでおります。若様の施策のおかげで城下が以前より活気に溢れるようになりました。その若様の下で働くことに名誉を憶えることはあっても不快に思うことなどありませぬ」
「それは嬉しいことをいってくれる。俺もそなたたちの期待を裏切らないように努力しなくてはな」
九郎三郎をはじめとした長福城に詰めていた将たちは一部を除いて俺の指揮下に入ることになっている。そこに祇園城から与力として長福城に派遣されてきた小山大膳大夫、小山弦九郎、網戸四郎、谷田貝民部、谷田貝内匠が加わる。網戸四郎は小山家庶流網戸家の当主であり、網戸郷を本拠にしている豪族だ。小山家の中での立場は中堅くらいで岩上、細井の譜代衆より序列は少し低い。しかし父上から信用を置かれているため今回の与力に選ばれた。与力では大膳に次ぐ家格で地元の土豪たちとのつながりも多く、今後の民衆との交渉に必要となってくる人材だ。
翌日、長福城に詰めていた将───長福衆と与力を集めて長福城での初めての評定を開いた。議題はそれぞれの顔合わせやこれまで長福城でおこなわれた施策の確認、そして今後の施策や方針の決定が中心となる。まずは長福城でのやり方を確認してどれを引き継ぐかを話し合い、それをもとに今後の施策をどうするのかを決める。いきなり俺のやり方を押しつけてしまうと長福衆からの信頼を損ねてしまい、分裂を招く危険があったため今回の評議は慎重かつ高圧的にならないよう注意しながら進める必要があった。
今回俺の指揮下に入った長福衆は約二〇名ほどで士分の者以外を含めると全体で百名くらいだ。何人かは別の場所に派遣されたり領地に戻った者もいたが、それでももとの九割の者が長福城に残った。この長福衆の大半は中級家臣で家老格といえる家柄の者は岩上九郎三郎、粟宮五郎右衛門、横田源兵衛の三人のみだった。
話を進めると正式な城主や城代が不在の中で長福城の指揮をしていたのはこの三人の中で一番若い九郎三郎だったようだ。五郎右衛門も源兵衛も共に重臣の家の手だが嫡流ではなく分家出身であったため、筆頭家老の後継である九郎三郎を上に据えたらしい。その九郎三郎は若いにもかかわらず政に辣腕を振るい、流石は次期筆頭家老と彼らの信頼を得た。その評判は祇園城でも噂され、跡取りに恵まれて岩上家は安泰だろうと人々は伊予守を羨ましがった。
長福衆との話し合いは揉め事もなく無事に終了した。これまでの長福城のやり方を理解しつつ今後は独自の施策も実施することにも納得してもらった。五郎右衛門も源兵衛も内心はどう考えてるかわからない。施策によっては反発してくることもあるだろう。それは九郎三郎にも同じことをいえる。いかに反発を抑えつつ新しい施策を実施できるかが当分の課題と言えるだろう。当主になればこの何倍もの家臣たちを束ねなければならないのだから父上の偉大さがよくわかる。
「本日はとても有意義なものとなった。今後小山を豊かにするにはそなたたちの協力が必要だ。俺も早くそなたたちに認められるように努力するつもりだが、皆も今以上の活躍を願う。俺は良き働きをした者は身分に問わず評価するつもりだ。だが不正をおこなう者、罪を犯す者はどのような身分でも容赦はしない。各々そのことをしかと心に留めるように」
「「「ははっ!」」」




