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確執

 下野国 祇園城 小山犬王丸


 年末に父上が家臣たちにこの事を知らせると大きなどよめきが起こった。しかし嫡男とはいえ城主を任せるには若年すぎるのではという声は予想よりもはるかに少なく、多少戸惑ってたが大多数が異動に賛同したのは驚きだった。意外にも八郎が賛成に回ったことで八郎派閥の家臣たちも反対の声を上げなかった。重臣で反対したのは細井伊勢守だけだ。



「御屋形様、城を任せるのは犬王様にはまだ早すぎます。ましてや長福城は小山にとって重要な城ではありませぬか」


「犬王丸には十分な与力をつけるつもりだと話しているだろう。それに長福城は長年正式な主がいなかったのだ。いつまでも在番の者に任せるわけにはいかん」


「ならばせめて譜代の者に長福城を任せてくださいませ。そちらの方が幼い犬王様より適役でしょう」



 伊勢守は頑なに長福城は譜代に任せるべきと主張して俺の異動に反発した。父上が翻意しないとみると賛成に回った他の家臣に訴えたものの反応は芳しくなかった。伊勢守にとって伊予守や八郎が賛成に回ったことは想定外だったようで執拗に八郎へ迫ったが、八郎は伊勢守を軽くあしらって相手にしない。



「儂は意見を変えるつもりはないぞ。他の若造ならともかく、犬王様は長福城を任せるに値するお方だ。大体お主は譜代に任せろとはいうが、一体誰に任せたいのだ。まさかお主自身が城主になるつもりはないだろうな」


「馬鹿にするではない!私がそのような輩に見えるというのか!?」


「ではお主の息子か?それとも娘婿か?お主の考えがどうだか知らんが儂は犬王様が適役だと思うがな」



 八郎の挑発に伊勢守は顔を赤くして今にも八郎に掴みかかりそうだ。



「ふたりともそこまでだ。伊勢守の考えもわからなくもないが、儂は犬王丸に与力もつけるといったはずだ。与力のことを棚に上げて犬王丸を責めるのは筋違いではないか」



 空気が険悪になったところで父上から制止が入った。八郎は意に介することなく大人しく引き下がったが伊勢守は不満そうにしていた。しかし父上が伊勢守の言動について言及すると上手く答えられず言葉を濁して引き下がる。結局唯一反対してた伊勢守が引き下がったことで俺の長福城への異動が満場一致で確定した。


 それ以降、伊勢守が俺に何か言ってくることはないが、彼の動向が気にならないといえば嘘になる。伊勢守は俺のことを良く思っていないのだろうか。細井は小山家譜代の中でも古参にあたる家系で特に岩上家と小山家庶流網戸家とは代々婚姻関係を結んでいる。そのため岩上と細井は同調していることが多かったのだが、今回の件では珍しく岩上と意見が割れた。


 後で大膳大夫や父上から聞いた話だが、伊勢守はどうやら長福城主に在番してた岩上九郎三郎を推していたらしい。九郎三郎は伊勢守の娘婿で祇園城付近の城を治めることで小山家での地位を盤石なものにしたいと考えていたようだ。


 もしかしたら俺が長福城主になることで九郎三郎に逆恨みされるのではないかと思ったが、父上たちからは九郎三郎は伊勢守のような野心を持つ人物ではないと太鼓判を押されたので少し安堵した。


 ところで譜代である伊勢守がこのような行動に出た理由は大膳大夫をはじめとする一門衆への危機感があったのではないだろうか。父上が家督を継いだ経緯から小山内部で対立が起きていて父上はそれを鎮圧することはできなかった。そのため父上は自身のシンパである大膳大夫家や右馬助家などの一門衆や栃木家といった一部の重臣を信用していた。細井家はどちらかといえば中立寄りであったが、伊勢守は心から父上に従っているわけではなかった。自分が父上からそこまで信用されていないことを知った伊勢守は次第に自分の地盤固めに着手し始めたのだ。特に俺が生まれて大膳大夫が傅役になったことで一門衆の発言力が増し、いずれ自分の立場が脅かされると思ったのだろう。


 彼の背景を考えると気の毒な部分もあるが、八郎とは別の不穏分子が明らかになったのは小山家にとって問題だ。細井家は古くから小山家に仕える重臣のため、同じ小山家の家臣たちにも大きな影響力をもつ。これから長福城へ移るというのに課題が山積みであることに俺は大きな溜息をついたのだった。


 そして年が明け、俺は長福城へ移ることになった。去年は小山家では大きな動向は見られなかったが、周辺勢力では少々動きがあったようだ。


 皆川家は当主の宗成殿が隠居をして嫡男の成勝(しげかつ)殿に家督を譲った。成勝殿の歳は二十そこそこで経験が浅いということで成明殿たちが補佐しているみたいだが、まだ実権は宗成殿が握っているようだ。西方城の西方綱朝殿を傘下にした皆川家は北へ勢力を伸ばしつつあり、西方城と皆川城の中間に新たな城を築くとの噂もある。


 結城では少々不穏な情勢だ。政朝殿の嫡男である政直殿と次男の政勝殿の不仲が小山まで聞こえていた。政直殿は前々から跡取りとして政務に携わっていたようだが、近年は俊英と評判の高い政勝殿が急激に台頭してきた。両者とも正室の子なので家臣の中でもどちらを支持するかで真っ二つに割れているようだ。慣例を重んじるのならば嫡男の政直殿に正統性があるが、力のある当主を望む者からしたら器量で政直殿を上回る政勝殿を支持したいと考えているらしい。当主の政朝殿がまだ健在であることは幸いだが、早い段階で争いの芽を摘まなければ恐らく結城家は分裂するだろう。


 小山が知れたのはここまでだったので、実際に結城家で何が起きているのかはわかっていない。しかしもし結城家が分裂しようものなら傘下の山川、水野谷、多賀谷がどう動くのか。それぞれ結城家が健在だったからこそ大人しくしているが、その重しが取れたならそれぞれの思惑に従って独自の行動をとるだろう。かつて結城が弱体化していたときは山川と多賀谷が実質的に結城を傘下に置いていた時期があったという。元々それぞれ自立心の高い国人たちだ。結城に近い小山にとっても油断は禁物だ。

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