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母と子

 下野国 祇園城 小山犬王丸


 長福城への異動が決まったその翌日、俺は母上のところへ足を運んでいた。母上の部屋を訪れると、そこでは幼い妹たちが玩具の取り合いをしていた。しかし俺の姿を認めると妹たちは玩具を放り投げて俺のもとへ駆けてくる。



「あっ、あにじゃだ!」


「にー?あそんでー」



 元気そうな声を上げている活発そうな幼女が長妹のさちで歳は俺のひとつ下だ。そして間延びした口調でぼんやりしてそうなのが次妹のいぬ。彼女は俺と歳がふたつ離れている。つまり俺と彼女たちの年齢はそれぞれひとつずつ離れていた。


 さちといぬから遊んでほしいとせがまれて困っていると、さっきまで二人の妹を世話してた母上がそんな俺の様子を面白そうに見つめていた。



「わかったから服を引っ張るなって。母上も見てるならこの二人を止めてくださいよ」


「あら、可愛い妹たちと遊んであげないの?」


「……いえ、もう少ししたら付き合いますよ。それよりも母上にお話ししたいことがあります。しばらくお時間をいただけますか」


「ええ、いいわ。ふたりとも、兄上は母とお話ししたら一緒に遊んでくれるそうよ。それまでは侍女と一緒に遊んでなさい。喧嘩はしちゃ駄目よ」



 妹たちが部屋から離れるのを確認すると、俺は母上に年明けに長福城へ異動することを単刀直入に伝えた。母上は暫し思案していたようだったが、少しして口を開いた。



「いずれこういうことが起きることはわかってたわ。だって犬王丸は賢いもの。思ったより時期が早かったから少々寂しいけれど、犬王丸が一城の主になることが小山の将来につながるということは母も理解しています」



 思えば前世の記憶があったせいか、どうしても年相応に母上と触れ合う機会が少なかった。赤子の頃から手がかからないとまわりから言われていた反面、妹たちのような子供らしさがほとんどなかった。


 母上は子供らしくない俺を疎まずに愛情を注いでくれたが、本当はもっと甘えてほしかったかもしれない。普通に考えればまだまだ母の温もりが恋しい年頃だ。そんな時期に子供が離れてしまう母上の心情を汲むとなかなか甘えられないことに申し訳なさを感じていた。


 長福城と祇園城との距離は近いとはいえ、今までのように気軽に会いに行けなくはなるが、他家への嫁入りや養子入りと違ってこれが今生の別れになるわけではない。



「でもあの子たちには泣かれそうね。ちゃんと話してあげなさいね」


「ええ、わかっています。今から姫のご機嫌をとりにいきますね」



 結局妹たちに離れ離れになることを伝えるとふたりに号泣されてしまった。いつになっても泣き止まず、機嫌も悪いままだったのでしばらく彼女たちの遊び相手をすることが決定してしまった。普段あまり遊べてないからこれで罪滅ぼしになると思ったけど、それを見てた母上にもご機嫌とりを要求されてしまい年が明けるまで俺は妹たちの玩具兼母上の抱き枕係に決定してしまった。一度だけ目線で弦九郎に助けを求めたら「親孝行は大事ですよ」とだけ言って目をそらされた。大膳大夫は俺が女性陣にもみくちゃにされてる様子を目を細めて感慨深そうに見てるだけだし、谷田貝民部も俺に見つかる前に逃げやがった。


 石鹸や農機具の開発が完了していたのでしばらくは勉学に勤しんでいたから気分転換になったけれど、母上にずっと抱かれてるのは流石に気恥ずかしかった。母上からしたら普段甘えてこない息子を存分に愛でられる最後の機会であることを理解してたので抵抗しなかったけど、妹たちが母上に対抗して抱き着いてくるのは勘弁してほしかった。嫌ではないけど純粋に暑いし苦しい。夏場はまじで死ぬかと思った。



「今日もお疲れのようですな」


「勉学も怠ってはならないからな。そろそろ武芸の稽古も本格的に始まるし、それに年明けの長福城への異動の準備もしなければならないのだ。そういえば時に弦九郎、今の長福城を治めているのは誰かわかるか?父上には在番の者がいるとは聞いてたが詳しい名前を知らん」


「たしか今の長福城に在番しているのは岩上九郎三郎殿だったはずです」


「九郎三郎は伊予守の嫡男だったな。まだ若かったと記憶してるが」


「九郎三郎殿は私のひとつ上になりまする」



 俺が言えた義理ではないがかなり若い。伊予守はまだ家督を譲っていなかったはずだ。重臣の息子だとしても家督を継いでいないにもかかわらず重要拠点を任されているということは父上から信頼されていると見ていいのだろうか。



「弦九郎は九郎三郎との面識はあるのか?」


「元服前に少々。しかしそれは幼子の頃の話ですし、私も九郎三郎殿とそれほど懇意にしていたわけではございませんでしたので詳しい人柄はわかりかねます。ですが昔から優れた才覚の持ち主だとお爺様が仰られておりました」



 あの大膳大夫がそこまで評価するほどの才覚か。大膳大夫は普段俺には甘いが勉学のことになると鬼のように手厳しいのだ。烈火の如く怒るのではなく理詰めで追い詰めてくるので弦九郎は今でもトラウマになっているという。また人物評が意外と辛口で、よく父上に苦言を呈してるところを見たことがある。


 その大膳大夫が若い頃から評価されていたというのだからどれほどの逸材なのか興味が湧いた。もし長福城に移った際に九郎三郎と顔を合わせる機会があるのなら是非話してみたいものだ。

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