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俊綱の死

 下野国 宇都宮城 多功房朝


「一大事でござる。一大事でござる!」



 どたどたと慌ただしい足音とガシャガシャとした鎧の擦れる音とともにひとりの武士が宇都宮城の本丸に駆けこんでくる。


 ただならぬ様子に留守役たちに緊張が走り、御屋形様の奥方様は顔を青ざめていた。



「何事だ!」


「も、申し上げます。御屋形様、御討ち死に!お味方は敗北いたしました!多功様と落合様が殿をお務めいたしておりますが、敵の勢いが強く……」


「なんだと!?」



 御屋形様が討ち死にしたという最悪な報せに周囲は動揺を隠せない。御屋形様はまだ二十七と若いというのになんということだ。奥方様はあまりの事にさめざめと泣いてしまっていた。しかし父上と落合殿は殿か。大将を失った軍を支えるのは極めて難しい。場合によってはふたりのことも覚悟しなくてはならないか。



「ああ、私が子を成していれば……」



 奥方様の悲痛な声に周囲の者たちは何も声を上げられずにいた。御屋形様には子がいらっしゃらなかった。奥方様は同じ留守役である直井淡路守殿の娘ではあるが、嫁いでまだ二年も経っておらず、子を成していないことを責めるのは酷なことであった。淡路守殿も娘に何も言うことができていなかった。


 他の者たちは近くの者と何か話し合っている。おそらくもう宇都宮家はここまでだと悲観していたり、この後どうするか計算しているのだろう。このままではまずいな。



「皆様方、諦めるのはまだ早いですぞ。たしかに御屋形様はお討ち死になさったかもしれない。けれどまだ宇都宮家は終わっておりません」


「うむ、新介殿の言うとおりじゃ」



 儂の檄に淡路守殿が反応する。周囲の者も話をやめて儂に注目する。



「そ、そうじゃの。まだ終わったと決めつけるのは早すぎるな」


「申し訳ありませぬ。不安のあまり取り乱してしまいました」



 一度漂っていた諦念や無力感は一蹴された。儂は一度うなずくと淡路守殿に視線を向けて促す。視線に気づいた淡路守殿は一度咳払いすると今後の方針について話しはじめる。



「まず御屋形様の後継をどうするか決めればならん。旗頭がいなければ儂らは簡単に瓦解しかねないからな」


「とはいえ御屋形様に子がいない以上、選択肢はありませんな」


「ああ、先々代の庶子ではあるが弥三郎様を当主に据える他あるまい」



 先代興綱様にも子がいない中、唯一宇都宮本家の血を引いているのが先々代忠綱様の庶子である弥三郎元綱様だった。しかし弥三郎様は宇都宮城を追放された先々代の子ということもあり、今まで宇都宮の家臣のところで養育されていた。そのため先代、今代の時代では宇都宮家の人間として扱われることなく冷遇されていた。また歳も十六と若く、当主に据えるには色々と不安要素はあるが他に候補がいないので仕方ない。



「そうか、御屋形様が討ち死にしたのなら仕方がないな」



 弥三郎様に当主就任をお願いすると、仕方ないと言いつつ若干嬉しそうに快諾した。当主としての教育を受けていないのであまり責めることはしないが、本当に状況を理解できているのだろうか。


 どうやら弥三郎様は自分が宇都宮家の当主になれたことに僅かにながら喜びを感じているようであった。今の状況での当主は色々と覚悟が必要なのだが、これは儂らが支えなければならないな。


 こうして弥三郎様が当主とはなったが色々と経験不足であるため、今後の話し合いは儂と淡路守殿を中心におこなわれることになった。



「あまり時間は残されていない。籠城か、他の拠点に移るか、降るか決断しなければならぬ」


「降ることはあり得ませぬな。しかし平城の宇都宮城に籠城するのも得策ではありません。多気山城に移るべきかと」


「では宇都宮城を捨てるというのか?」



 弥三郎様がそう問うと儂は首肯する。



「敵には石川館らを攻めている別動隊もいます。敗残兵と残っている兵力では平城の宇都宮城で籠城したところで太刀打ちできません」



 弥三郎様は不満そうだが淡路守殿らも宇都宮城放棄は仕方ないと覚悟していた。平安から続く宇都宮城を捨てなければならないのは無念ではあるが、お家の存続のためにはやむを得ない。



「ならばすぐに支度をせねばな。時間をかければ小山が迫ってくる。新介殿は弥三郎様らを頼んだ。儂は宇都宮城に残り時間を稼ぐ」


「淡路守殿……」



 淡路守殿は自身の死を覚悟してでも弥三郎様らを逃がすために時間を稼ぐおつもりだった。それに異を唱えることはできなかった。


 そのときだった。再び慌ただしい足音が迫ってくる。さては小山が迫ってきたか。そう思っていた。



「申し上げます。多気山城、落城!下手人は塩谷殿と壬生殿でございます!」


「なっ!?」



 予想外の報告に儂だけでなく淡路守殿も弥三郎様も他の者も驚きを隠せなかった。多気山城の落城もそうだが、何よりも驚いたのが落としたのが塩谷と壬生ということだ。たしか綱雄殿は御屋形様に従軍していたはずだ。となると動いたのは鹿沼城にいた中務少輔か。そしてそれまで沈黙していた塩谷も動いただと。一体何が起きている。



「新介殿、多気山城が落ちた今、計画は変更だ。どうする?」


「……仕方ありませぬ。飛山城に移動いたしましょう。しかし宇都宮方の多気山城を攻めたということは壬生が造反したということでしょう」


「壬生が小山に寝返ったのか?」


「わかりませぬ。ですが塩谷まで動いたのは気になりますな」



 一体何が起きているのかまったくわからない。ただなんとなくだがこの件、小山は関わっていないように思える。


 それにしても宇都宮の影響が根強い多気山城を落とされたのは痛い。当初の予定では守りが堅い多気山城を拠点にしつつ他勢力に援軍を要請するつもりだったが塩谷と壬生が敵に回った今、計画を大きく変えなければならない。だがとにかく今は飛山城に避難するのが先決だ。儂は弥三郎様や奥方様に支度を促しつつ残っている兵をまとめる準備を進めた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新ありがとうございます。 壬生はともかく塩谷が動いたのは意外でした、塩谷は史実では宇都宮に再度従属したのでてっきり宇都宮側になると思っていたのでびっくりです。 ですが塩谷が多気山城に…
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