転生
一部塩水選の部分を修正しました。
一五二二年 下野国 祇園城
唐突だがどうやら俺は戦国時代に転生したらしい。前世では数十年生きていたような気がするが、自分がどのような人間だったのかよく憶えていない。憶えているのは自分が前世で平成の時代を生きていたこと、そしてそこで培われたと思われる未来の知識だけだ。
名前は小山犬王丸。今世では栃木県にあたる下野国の豪族小山家の嫡男として生まれたようだ。
小山家とは俵藤太の名で知られている藤原秀郷の末裔を称し、平安時代から下野国で勢力を誇ってきた関東の名族だという。また幕府から関東八屋形という屋形号を称することを許可された大名に数えられ、過去には何度か下野国守護職を任されていたらしい。てっきりどこかの小さな領主だと思っていたから、この話を聞いてびっくりしたのを覚えている。
だが現在の小山家は先々代当主の持政公の死を機に少しずつ力が衰えつつあり、本拠地の小山荘周辺を支配するのが精一杯のようだ。同じ下野には宇都宮、皆川、佐野、那須、足利長尾、塩谷といった国人達が互いに鎬を削りあい、隣の下総には結城氏、水野谷氏、多賀谷氏などが控えている。
そして古河にはいわゆる古河公方が勢力を誇っていた。我が小山家は一時期離反した時期を除いて古河公方に従っている。代々よく仕えていることもあり、小山家は歴代の古河公方から信頼を得ていたが、そのせいで度々古河公方内部の抗争に巻き込まれることになったらしい。
父親は小山左京大夫政長という人で、俺が意識を戻したきっかけになった大声をあげたあの若い男性だった。そしてあのとき俺を抱きかかえてたのが俺の母親らしい。つまり意識を取り戻したとき、俺が赤ん坊となっていて小さくなっていたから周囲の人間が大きく見えていたのだ。あのあと身体が自由に動かせない、声も「あ~」とか「う~」しか発せないことに気づいてようやく自分が転生したのだと理解した。
そして転生してからあっという間にニ年の歳月が経った。
「若、何をなさっておられるのですか?」
「ああ大膳大夫か。ちょっとした実験だ。ちょっと見てくれ」
話しかけてきたのは俺の傅役である小山大膳大夫という初老の男性。彼は小山家の分家筋出身で先々代の頃から仕えている小山家の重鎮中の重鎮で、一門衆の筆頭でもある。そして前世の記憶があるせいか、生まれて一年足らずで明確な言語を話しだしたり、この時代の知識を得るために自主的に勉学に励むなど子供らしくなく、突拍子もないことを言い出す俺に真摯に向き合ってくれている理解者のひとりで最も信頼できる人物といえる。
大膳大夫が覗き込んだのは俺の手元にある水の入った器だ。その中にはいくつかの種籾が浮かんでいたり沈んだりしている。
「よく見てくれ。この器の中に入っているのはただの水だ。そしてこの中に種籾を漬けると種籾の良し悪しがわかる」
「なんと!? こんな簡単なことでですか!? 」
大膳大夫が驚きの声をあげる。
これは明治時代に確立された塩水選と呼ばれるものの簡易版だ。これをおこなうことで中身の詰まった良好な種籾が底に沈み、あまり中身がない種籾は浮かぶ。出来れば濃い塩水で漬ける塩水選が出来ればよかったが、下野は内陸なうえ、この時代の塩は貴重品だ。それに使用する塩の量もかなり多いため現状実施するのは現実的ではない。だが真水でも塩水ほどではないが、ある程度選別することはできる。
浮かんだ種籾の中には病気にかかる可能性が高いものも含まれているので、周囲へ病気を移す危険性を減らすことと発育が期待できるものを選ぶことができるというものだ。
「上手くいけば収穫量を増やせるはずだ」
「ふむ、収穫量に期待できるとなると十分にやる価値はありますな」
「とはいえ、いきなりこの方法をやれと命じても民は困惑するだろう。だからまずは何人かに協力してもらおうと思っている。その協力の見返りとして収穫量に関係なく一年間年貢の免除を保証してやれば反発も大きくならないだろう」
大膳大夫は年貢の免除に難色を示していたが、何とか説き伏せてとりあえず納得はしてもらった。
「しかし若は一体どこからそのような知識を学んだのですか? 」
「あ~……内緒だ」
さすがに大膳大夫にも本当は前世の知識なんだとは言えるわけがないので曖昧にごまかす。幸い、大膳大夫は若干怪しんでいたようだがこれ以上言及することはなかった。
「では儂は御屋形様に呼ばれておりますゆえ、これにて失礼いたします」
「ああ、色々と世話かけるがよろしく頼む」
俺は当主の嫡男とはいってもまだ数え年で三歳の幼児なので、実際の内政はほぼ大膳大夫に丸投げ状態だ。このままだと彼の負担が大きくなってしまう。
できればあと何人か信頼できそうな人物がほしいところなんだが、まだ三歳なので大膳大夫以外の家臣達と会う機会がほとんどない。俺の世話も普段は侍女や乳母がやってくれるので、小姓すらつけてもらっていない。
父に頼んで小姓をつけてもらうべきか。幸い両親との仲は良好で、頼めば小姓をつけてくれるだろう。特に母は俺のことを一度小山家を再興させた先々代の持政公の再来だと大喜びしているから反対することはないはずだ。
問題は三歳児にちゃんと仕えてくれる小姓がいるかどうかだ。さっきの塩水選擬きをはじめ、これから色々試行錯誤していく中で情報の漏洩は一番避けたいし、事業をおこなうごとにいちいち反発されても困る。いっそのこと身分は問わずに勤勉な者を選ぶのも手だな。豊臣秀吉みたいにメジャーな武将がいるわけではないから、知名度で選ぶことができないのは厳しいな。いい人材がいればいいけど。
今生きている戦国という乱世は明日突然命を落とすこともありえる厳しい世界だ。まだまだ学ぶべきことはたくさんあるが、自分がわざと出し惜しみした結果、家族や家臣をはじめとした領民が命を落とすこともあり得る。もしそんなことになってしまったら後悔してもしきれない。だから異端と思われようとも、できることはやっておくべきだ。
いずれは農業チートの代名詞である千歯扱きも導入したい。それにこれからは生き残るために商いも重要となってくる。下野は内陸だがここ祇園城はすぐ近くに思川が流れているので水運を上手く利用できれば今より小山を発展できるはずだ。
……とりあえずは人材を集めることから始めるか。
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