樋口城・姿川の戦い(三)
下野国 姿川 小山晴長
「敵は総崩れでございます!」
木砲の威力と鐘を合図に宇都宮の両翼が寝返ったことで敵は完全に瓦解し、散り散りに壊走し始めていた。
「よし、総攻撃だ。一気に押しつぶせ!」
俺の号令のもと、小山の兵が次々と姿川を渡河し逃げる宇都宮勢を追撃する。両翼の寝返りによって三方向の攻撃を受けたほとんどの宇都宮勢は完全に混乱しており、まともな抵抗をできずにいたが、一部の集団が逃げる兵の盾になるかのように殿として小山の兵に立ち向かっていた。
その数は一〇〇人前後しかいなかったが彼らは小山の攻撃をよく防ぎ、宇都宮本隊の逃げる時間を稼いでいた。敵の指揮官が優秀なのか少数でも必死に応戦しており、やや苦戦を強いられる。しかし数の差は大きく、やがて猛攻に耐えきれず力尽き、殿は小山の軍勢に呑まれ全滅してしまった。それでもこの集団は最期まで瓦解することなく玉砕するまで攻撃に耐え続け、こちらにも少なくない被害を負わせていた。
この殿の奮闘によって宇都宮の本隊の離脱を許すことになる。俺はここで仕留めきれなかったことを悔やむが、それなりに被害が出たのもあって無理に追わずに一度態勢を整えることにした。本隊を完全に渡河させたあと、宇都宮を寝返った者たちと合流を果たす。
「お初にお目にかかります。新田徳次郎義盛と申します」
「同じく逆面周防守忠昌でございます」
以下、戸祭備中守、宇賀神新左衛門、小倉越中守と次々と挨拶に現れる。彼らは戦以前から小山に通じており、宇都宮の内情を伝えてくれていた。戦では消極的に動き、鐘を合図に一気に寝返って宇都宮壊走に導いた功労者でもあった。
「小山家当主小山隼人佑晴長だ。此度はこちらの誘いに応じてくれたことに感謝する。では早速で申し訳ないが首実検をおこないたいと思っていてな。そなたたちには首の証人として同席してもらいたい」
彼らがそれに応じると暫しの準備があって首実検が始まる。今回は敵が壊走したこともあって多くの武将の首が並べられた。その中でも寝返った彼らが思わず声を漏らした首が三つほどあった。
そのうち二つはあの殿を指揮していた武将で壮年とやや年がいった者の首だ。だがその正体には俺だけでなく他の小山の武将も驚きを隠せなかった。
その首たちの正体は落合業親と多功長朝のふたりだったのだ。宇都宮屈指の名将として名高いふたり。驚きと同時に納得もした。このふたりならばあの殿の奮闘も理解できる。彼らは本隊を帰すために文字どおり命を張ったのだ。小山を苦しめてきた相手だったがその最期には敬意を表する。
そして最も驚きをもたらしたのは他でもない宇都宮家当主の宇都宮俊綱の首だった。この首が現れたとき、徳次郎らは思わず大声を上げて驚愕していた。それが俊綱の首だと判明すると大きなざわめきが生まれる。
「これが右馬頭の首か。徳次郎、間違いはないか?」
「え、ええ、間違いありません。この方こそ御屋形さ……宇都宮家当主でございます」
「真か。よし、首実検後に右馬頭の首を討ち取った者を呼んでくれ」
小姓に命じるとしばらくしてひとりの若い男が入ってくる。歳はまだ十代といったところか。男はかなり緊張しているようで身体がわずかに震えていた。
「そなたが右馬頭の首を討った者だな。名を何と言う?」
「は、はい……!横倉村の藤蔵と申しますだ」
「藤蔵か。此度の手柄、まことに大義である。ゆえに何か褒美をやろうと思うが、望みはあるか?可能なものならば叶えてやろう」
「で、ではおらを武士に取り立ててくだせえ!」
藤蔵が望んだものは自分を武士に取り立ててほしいというものだった。どうやら藤蔵は百姓の次男だったようで村にも居場所が少なかったらしい。驚くことにこの藤蔵、今回が初陣だったにもかかわらず俊綱以外にも複数の首を挙げていたのだ。こんな武辺者が農民の中にいるとは思わなかった。
「よろしい。そなたのような人材は小山家としても必要だ。武士に取り立てるだけでは足らん、今からそなたを足軽組頭に命じる。それに伴って名字を与えることにしよう。たしか横倉村の出だったな。ならば今後は横倉藤蔵と名乗るがいい」
俺の言葉に藤蔵は感極まったのかその場で号泣しはじめる。藤蔵を連れてきた小姓はおろおろとしていたが俺はその様子を微笑ましく見つめていた。
「あ、ありがとうごぜえやす。この藤蔵、この御恩は一生忘れません!」
「ふっ、これから武士となるのだ。今後は小山のために懸命に働いてほしい。再度手柄を挙げたらまた良い褒美を用意してやろう」
藤蔵が去ったあと、俺は少ない家臣を率いて樋口城に入城する。樋口城は手狭なため軍勢は城下の外に待機させていた。樋口城は所々破壊されており、激戦の痕跡が刻まれていた。本郭では樋口主計頭が俺たちを出迎える。彼も彼の兵士も何処かしら負傷していた。
「これは御屋形様ではございませんか。こんななりで申し訳ありませぬ」
「主計頭か。厳しい戦いだっただろうが、よく持ち堪えてくれた。そなたらの奮闘があったからこそ俺たちは宇都宮を破ることができた。感謝する」
「……そのお言葉だけで十分報われました。御屋形様は敵側から寝返ったばかりの我らによくしてくださいました」
「いや言葉だけでは足りん。もしこの城が落ちていたら作戦を大きく変更しなくてはならなかった。手持ちの物で申し訳ないが、この小太刀を受け取ってくれ」
「なんと、小太刀を拝領させていただけるとは。この樋口主計頭政種、改めて小山家に忠義を尽くしまする!」
「その言葉、嬉しく思うぞ。では俺たちは宇都宮城に進むことになるが少し兵を残しておく。城の修繕などに役立たせてくれ」
「ははっ、何から何までまことにありがとうございます」
樋口城を後にした俺たちは寝返った宇都宮勢を加えた軍勢を率いて宇都宮城への進軍を開始する。
道中江曽島城と呼ばれる古墳の上に築かれた小さな城があったが、城主が先の戦で行方不明となっていたようでまともな抵抗もできずに一戦を交えることなく降伏する。俺は負傷者も含めた二〇〇の兵を城に残して宇都宮城を目指した。
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