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樋口城・姿川の戦い(二)

 下野国 姿川 宇都宮俊綱


「な、なんなんだあの音は!?」


「わ、わかりませぬ!」



 突如として戦場を支配した雷鳴の如き轟音に儂は動揺を隠せず、近くに控えていた小姓に怒鳴りつけるが小姓もうろたえておりまともに受け答えができていない。ただあの轟音のあとに先陣の我が兵が吹き飛ばされたのは事実だった。そして二回目の轟音が再び戦場に響き渡るとまたもや我が兵が倒れていく。



「一体何が起こった!?」


「わかりませぬ!ただあの音は小山から発せられたのは間違いないかと」



 そんなことは二回吹き飛ばされた兵を見て理解できた。だがあれは一体?轟音を発し、兵士を吹き飛ばすものなんて見たことも聞いたこともない。正体不明の何かの登場に儂は周囲に当たり散らすしかできなかった。



「申し上げます。先ほどの轟音によって先陣が混乱、崩れております」



 伝令の言葉に思わず舌打ちが漏れる。訳が分からない何かのせいで戦況は大きく変わりはじめていた。



「先陣を任せた奴らは何をしている!もういい、馬の支度をせよ。儂が出る!」


「なんですと!?」


「このまま先陣の奴らに任せておけん!儂が自ら前線で指揮を執る!」


「お待ちください、それは危のうございます。なんとか思い留まってくだされ!」



 本陣にいる小姓や家臣らが必死に阻止しようとしてくるが、儂の決意は変わらない。



「このままでは前線が崩壊するぞ。ならば儂が自ら出て混乱を鎮めるべきだ」


「しかし……」


「もういい。これ以上時間を浪費できん。早く馬を準備させろ!」



 無理矢理馬を準備させると儂は止める家臣らを振り切り、従う者と共に前線に赴く。途中多功石見守らに見つかるが彼らを説き伏せて前線に向かう。石見守は執拗に止めようとしたが最終的に自身の配下である石崎周防守を付けさせて儂が前線に行くことを容認した。


 石崎らを従えて最前線まで顔を出すとすでに先陣はあの轟音のせいで混乱し崩れかけていた。



「皆の者、落ち着け!音如きに恐れを抱くな!」



 必至に大声を上げて逃げようとする兵士たちを鼓舞する。総大将である儂が顔を出したことで兵士たちはわずかながら士気を取り戻す。その分、敵から狙われるが石崎らが応戦してそれを食い止める。


 これで前線の崩壊はなんとかなる。そう思ったときだった。小山の陣の方から鐘の音が聞こえてきた。それもかなり長い。十回ほど鳴らされただろうか。



「なんだ?撤退か?」



 しかし鐘が鳴り終わっても特に戦場に変化はない。敵が退くことも陣形が変わることもなかった。不審に思いながらも再び士気を上げようとしたとき、何か様子が変わった。はじめは何も違和感を抱かなかった。この場にいた者で最初に気づいたのは多功家の家老である石崎だった。



「御屋形様、何か両翼の様子がおかしいです」


「なんだと?」



 それはどういうことなのかと聞き出そうとする前に戦場から新たに怒号が生まれる。それは両翼からだった。



「ね、寝返りだあああ!」


「右翼の連中がこっちを攻めてきたぞ!」


「さ、左翼からも攻撃が……!」



 悲鳴と怒号に儂は思わず混乱してしまう。一体何が起きている?



「馬鹿な、両翼が寝返っただと……」



 石崎の呻きが耳に届くが脳がそれを理解することを拒絶している。しかし戦況は明らかに変化していた。両翼の進行方向が内側、宇都宮のいる場所に向かっていた。


 突然味方から攻撃されたことで味方は再度浮足立つ。こちらが混乱しているのを見た小山からの攻撃も激しくなり、儂らは三方向から攻められる形になってしまっていた。


 そのとき伝令が儂らのもとに到着すると大声を上げる。



「申し上げます。右翼に布陣していた新田徳次郎殿と小倉越中守殿、左翼に布陣していた戸祭備中守殿、宇賀神新左衛門殿、逆面周防守殿が寝返りました」


「馬鹿なことあるか!彼らは両翼の主力ではないか!」


「しかし事実でございます。御屋形様、早く本陣にお戻りください。ここは危険でござっ!?」



 背後から飛んできた矢が伝令の喉を貫き、伝令は音も立てずに崩れ落ちる。目の前の出来事に背中から冷や汗が流れるのを実感する。寝返りが事実なら伝令が言いかけたように早く離脱しなければ危険だ。



「御屋形様、早く本陣へ!」



 石崎らも儂に本陣に戻るように促す。儂も戻ろうと決断したが、それは少し遅かった。すでに挟撃を受けた前線は瓦解してしまっており、敵もすぐそばまで迫っていた。


 急いで踵を返すが、小山から飛んできた複数の矢が乗っていた馬を射抜いた。馬は悲痛な嘶きを上げて倒れ、儂は姿川に投げ出されてしまう。まともに受け身をとれずに叩きつけられた儂はしばらく起き上がれずにいたが、その間にも近くで兵士の悲鳴や呻き声が聞こえてくる。家臣らに起こしてもらったが、起こした家臣のひとりが途中で背中に矢を受けて倒れる。



「もはや総崩れでございます。我らが時間を稼ぎます。今すぐお逃げください!」



 石崎の声にハッとして後ろを振り返る。背後では家臣らが必死に小山の攻撃を食い止めていた。儂はその雄姿を焼きつけながら這う這うの体で戦場から逃げようとする。後ろでは家臣らが次々と倒れる音が聞こえてくる。



「なぜだ……なぜこのようなことに……」



 そのときドスンと衝撃が走り、痛みと熱さが背中を襲う。痛みが襲う中、背中に目をやるとそこには矢が突き刺さっていた。それを合図に後ろから数本の矢が足や背中に命中し、儂は思わず倒れこんでしまう。



「がはっ……」



 激痛が全身を走り、身体に力が入らない。それでもなんとか逃げようと腕の力だけで這いずっていく。


 どさりと近くで誰かが倒れる音がする。ふとそちらに目を向けるとそこには事切れた石崎が転がっていた。それを見た瞬間、死への恐怖が急激に膨れ上がる。



「いやだ……死にたくない。儂は、宇都宮家の当主なんだぞ……こんなところで」



 動かない身体に鞭打って腕の力だけで川を這っていく。しかしそれは長くは続かなかった。


 小山の兵が駆け寄ってきて儂の身体を抑えつける。苦悶に歪む儂を気にすることなく兵は馬乗りになると刀を取り出す。



「や、やめ……」



 儂に馬乗りになった兵は血走った目で刀を突きつけるとそのまま喉元に向けて一気に振り下ろす。


 それが儂の見た最期の光景であった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新ありがとうございます。 寝返った新田徳次郎の領地には栃木県最大の金山篠井金山がありますので出来れば小山の直轄地にした方がいいですね! 次回更新楽しみ待ってます!
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