宇都宮への出陣
下野国 祇園城 小山晴長
「御屋形様、宇都宮から報せが入りました」
情報を持ってきた段左衛門によると、すでに小山側に内通の意を示している宇都宮側の複数の武将から宇都宮の攻撃計画がもたらされたという。偽の情報という線もありえたが、別口の複数から得られた情報ということは信憑性は高い。
その情報によると宇都宮は小山に寝返った犬飼城攻めを計画していた。犬飼城は姿川に囲まれた堅固な城のためすぐに落城することはないだろうが物量で押されれば厳しいはずで救援は必要だ。
俺は宇都宮の先手を打つためにすぐに宇都宮城攻めにとりかかかる。すでに準備は済ませているため時間はほとんどかからなかった。重臣らも次々と装備を整えて祇園城に参陣する。その中には若い高規をはじめとした元服したばかりの若者も多く含まれていた。
俺らは軍勢を率いて祇園城を出立し、宇都宮城への進軍を開始する。今回の宇都宮城攻めでは宇都宮城を攻める本隊とその支城を落とす別動隊の二手に分かれることになっていた。
政景叔父上と長秀叔父上を大将とした別動隊は従属した芳賀勢も加わった一五〇〇の兵で石川館をはじめとした上三川城以北の宇都宮側の支城を攻め落とす手筈になっている。残りの本隊は俺を総大将に重臣らも控えた二五〇〇の兵で羽生田城と樋口城を経由して犬飼城に向かい、城の救援かつ宇都宮城を攻める。過去最大級の動員となる今回は下手な戦はできない。
「ついにこのときがやってきましたな」
感慨深そうに俺に話しかけてきたのは一門衆の右馬助だった。父と同年代だった右馬助は小山荘の支配もままならなかった冬の時代を知っている。一時は当主候補に名も挙がったことがある彼も今は重臣の一角として小山家を支えている。幼少の俺が当主としてやっていけたのは大膳大夫や右馬助の協力があってこそだった。武勇の面で小山を支えてきた彼だからこそ今回の宇都宮城攻めには並々ならぬ思いが籠められていた。
「昔は悔しいことでしたが小山は宇都宮の脅威に怯えておりました。それほど宇都宮は強大な存在でした。それがわずか十年で立場が逆転するとは思いませんでした。いや、逆転どころではなく、今や宇都宮を滅亡に追いやることすら可能になったのです。これもひとえに御屋形様のお力によるもの」
「なに、右馬助らの力があってこその今の小山よ。俺ひとりでできることなどたかが知れている。俺の思いつきに皆が従ってくれたから小山は大きくなれたのだ」
それは紛れもない事実だ。いくら俺が現代の知識を持っていようともそれを実現するには多くの人間の理解と協力がなければならなかった。もし理解と協力がなければ今頃俺は狐憑きか狂人扱いされて幽閉または処分されていた可能性が高かった。改めて父上や周囲の人間に恵まれたと実感する。
「右馬助、戦はまだ始まっておらん。感極まるのは戦に勝ってからにしろ」
「ええ、その通りでございますな」
「ああ、戦では期待しているぞ」
本隊が羽生田城に到着し一時の休息を得ていると、羽生田城の物見から宇都宮が宇都宮城を出立したとの報告が入る。俺は羽生田城兵を加えた本隊を率いて羽生田城を出発し、犬飼城救援へ向かう。途中斥候から宇都宮が犬飼城に向かわず、羽生田城方面へ移動を開始したとの報告を受けた。
「犬飼城を無視した?もしや事前の情報は偽りだったのか?」
「いや、事前の情報が偽りというより俺らが先手を打ったからこそ犬飼城を攻めるのをやめたのだろう。現に俺ら本隊は宇都宮城の目と鼻の先にいる。別動隊も今頃城を攻めはじめていることだろう。宇都宮は早急に俺らに対処しなくてはいけなくなった」
犬飼城を攻めようとした宇都宮だったが先に小山が総攻撃を仕掛けてきたことで一気に後手に回ってしまった。今の宇都宮には二方面からの攻撃に対応できるほどの兵力は残されていない。これは内通者からの情報で明らかになったことだ。宇都宮城、飛山城、鹿沼城近辺しか影響力を持たなくなった宇都宮が動員できる兵力は多く見積もっても二〇〇〇。
今回小山が動員した兵力は四〇〇〇だからその半分でしかない。しかし油断はできない。俺らの本隊は二五〇〇しかなく、敵も多功長朝、壬生綱雄、落合業親ら有能な武将も多く残っている。戦の勝敗によっては情勢が一気に変わる可能性も秘めていた。
「犬飼城ではなく羽生田城側に進軍してくるとなるとその進路上には樋口城がいるな」
「ええ、犬飼城と違って完全に進路上にある樋口城は宇都宮でも無視はできないでしょう。ましてや犬飼城と比べると堅固さに欠ける樋口城となれば攻め落としてくる可能性は大いにあります」
「急ぎ、樋口城に向かうぞ。攻め落とされて敵に勢いを与えるわけにはいかない」
進軍途中、段蔵から樋口城が宇都宮に包囲されたと伝えられた。樋口城主の樋口主計頭政種は宇都宮から降伏勧告を受けるが後詰がくることを信じて徹底抗戦を唱えたとのこと。主計頭の決断を無駄にしないためにも早急に樋口城に向かわなければ。俺は逸る気持ちを抑えながら馬を駆けさせた。
もしよろしければ評価、感想をお願いいたします。




