資清と子供たち
下野国 祇園城 大俵資清
御屋形様は手紙で益子信濃守殿に対して同盟締結と三郎太殿といぬ様の縁談を提案なさった。しかも三郎太殿を小山家に迎える形で。
益子の嫡男はすでに正室を娶っているし、次男は庶子。三男ながら正室の子である三郎太殿をいぬ様のお相手として選ぶのは道理にかなっている。益子家との同盟も悪いものではない。しかしそれ以上に御屋形様は三郎太殿を気に入っておられた。
大膳大夫殿から有能な人材を集めるのがお好きと言われる御屋形様だがあそこまで気に入る人物はそうそういない。それだけ三郎太殿は短時間で有能ぶりを示したのだ。まだ若いにもかかわらず政策面で明るかったのは儂でも驚いた。特に商いの重要性に気づいていたのは素直に感心する。御屋形様が説明して商いの重要性に気づく者は小山家中にもいるが、自力で商いの重要性に気がついたのはただの利発な者ではできない芸当だ。御屋形様が三郎太殿を欲するのも無理はない。
御屋形様は三郎太殿を小山家に引き込むために一国人の三男を相手に一門入りを提示した。しかしそれだけだと益子に利は少ないので代わりに小山との通商で融通を効かせる案も入れていた。
信濃守殿は三郎太殿を手放すことに悩むだろうが益子の兄弟仲がよろしくないのは信濃守殿も理解しているはずだ。信濃守殿の代ならまだ抑えが効くが、次代になれば兄弟間の争いが勃発しないとは限らない。嫡男と次男が一方的に三郎太殿を毛嫌いしているだけなのだが、家臣の中には三郎太殿を支持する者がいると聞く。三郎太殿は意図せず益子の不穏分子になりつつあった。
そんなときに小山との縁談だ。信濃守殿にとっては家中の分裂を防ぐことができる絶好の機会だった。しかし信濃守殿は三郎太殿の器量を理解しており、彼を手放すのに抵抗を覚えるはずだ。だがこれを断れば将来に火種を残すことになる。信濃守殿は難しい選択を迫られるだろう。
「おや助九郎殿、今日はお早いお帰りで」
祇園城から自分の屋敷に向かっていると途中で譜代の粟宮讃岐守殿に声をかけられる。讃岐守殿は古くから小山家に仕えている譜代の中の譜代で儂より年上だが、意外と気さくな人物で新参の儂にも親切に振る舞ってくれた人だ。
「ええ、今日は御屋形様にも早く上がってよいと言っていただけまして。たまには子供たちの相手をしようかと」
「おお、それはいいことよ。たしかお子はまだ元服前だったな。その年頃の子供は可愛い盛りではでないか。羨ましいことよ、儂の愚息などとうに元服してしまって可愛げもありゃしないぞ」
「でも讃岐守殿にはお孫がいるではありませんか」
「そうなのだ。まだ赤子なのだが孫ということもあってそれはもう可愛くて可愛くて。おっと、つい話し過ぎてしまいそうだ。助九郎殿、ではまた」
讃岐守殿は儂のことも慮ってか足早に去っていく。ふと思い返せば儂が小山にきてからもう十年近くになるのか。小山家は儂がきた頃と比べて確実に大きくなっており、今やあの宇都宮家を凌ぐ勢いになりつつある。越前で貧困に悩んでいた頃に仕官を求められたときは悩んだものだが、今考えてみればあのときの決断は間違っていなかったと言える。赤子を連れて越前から小山にきたときは大変だったが、小山の生活に妻も快適さを覚えている。
当初は余所者の自分が受け入れられるかどうか不安ではあったがそれはまったくの杞憂であった。御屋形様は実力主義で能力があれば外様だろうが新参だろうが信用して仕事を任せてくれた。譜代もそんな御屋形様の方針もあって譜代だからといって胡坐を掻く者は少なかった。むしろ讃岐守殿のように親身になってくれる人もいて小山家に馴染むのに苦労はあまりなかった。儂が早くに御屋形様の信用を勝ち取れたこともあって御屋形様からは側近として重要な仕事を任せてくれた。
他の者もすでに勘助殿ら外様の登用があったことから余所者への風当たりはないに等しく、能力さえ示せれば那須では嫌われた儂も敬意をもって接してくれた。周囲の環境も権力をもっていた那須の頃より快適で本当に小山家に仕えることができてよかったと思っている。
屋敷に着くと庭で息子の熊満と孫太郎、娘のよしが遊んでいた。一番下の孫太郎は姉のよしに泣かされていて長男の熊満は孫太郎を慰めていた。
「今帰ったぞ。なんだ、孫太郎はまたよしに泣かされたのか?」
「おかえりなさい父上。はい、またよしが木の枝で孫太郎を叩いてしまったのです」
「だって孫太郎が私の櫛を勝手に使おうとしたから!」
熊満は末っ子の孫太郎を撫でて慰めているが、よしは先に孫太郎が手を出したと主張し膨れ顔だ。
「だからって弟を木の枝で叩くでない。孫太郎も勝手に人の物を使うのはよくないぞ。よしに謝ったのか」
孫太郎はぐずりながら首を横に振る。儂は先に謝るよう孫太郎に促すと孫太郎は素直によしに謝った。孫太郎はまだ幼いので善悪の判断がついていないが今回自分が悪かったことは理解したようだ。
「ほら、今度はよしが謝る番だ。木の枝で叩くのはやりすぎだ」
「うううう、孫太郎、今回は謝ってあげるわ」
「よし……」
熊満はよしの態度に溜息をついている。なんだか知らないうちに熊満に苦労人の気配がする。若いのにそんな大きな溜息をついては元服してから大変だぞ。
ただ熊満の苦労も少しは理解できる。とにかくよしは女子なのに外で枝を振り回すようなお転婆なのだ。妻からの話では近所の子供たちから餓鬼大将として恐れられているらしい。なお兄の熊満はよしのお目付け役として認識されているという。女子は女子らしくとはあまり言わないが、よしのお転婆ぶりには困ったものよ。これでは嫁ぎ先に苦労しそうだ。
「そういえば熊満よ」
「はい、父上」
「来年そなたの元服が決まった。烏帽子親には御屋形様がなっていただけるそうだ」
「御屋形様にですか!?」
「ああ、そして元服を終えたあとは小姓として御屋形様に仕えることが決まった。御屋形様は熊満に期待しているそうだ。来年の話だが儂の倅として恥じない振る舞いを心がけよ」
「はい、承知いたしました。大俵家の人間として、御屋形様に誠心誠意仕える覚悟でございます」
良い目をしておる。熊満は儂から見てもかなり優秀だ。どちらかといえば武芸より頭を使う方が得意なようだが、御屋形様の側で仕えるならそちらの方がいいだろう。御屋形様は常に新しいことをなさるお方だ。熊満には大きな学びになるはずだ。
「ところで父上……」
「うん、なんだ?」
「もし私が元服したあと、誰がよしの面倒を見るのでしょう……」
「…………」
ぶんぶんと木の枝を振っているよしの姿を見て再び熊満の方に視線を戻す。熊満の心底不安そうな表情を和らげる方法を儂は提示できなかった。
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