中村城攻め(地図有り)
下野国 祇園城 小山晴長
俺が芳賀に出した条件は当主高規の身柄を小山に預からせること。つまりは人質だ。高規はまだ幼いので小山で教育を施して小山家の手駒にするつもりだった。当主自ら小山に染めれば芳賀も愚かな真似はできないだろう。後見役の孝高はこの条件を呑み、高規を引き渡すことで小山への臣従を示した。
その高規は無礼な書状を届けてきた兄高照に似ず、利発そうな少年で自身の立場も理解しているようだった。小山の人間に囲まれながらも物怖じせず俺の様子を窺っている。これは面白い人材になりそうだ。
俺は高規をただの人質として扱うつもりはなかった。高規には小山の政策などを学んでもらい、将来的には小山を支えるひとりにさせる。幸い高規は頭が良さそうだ。今自分が為すべきことを理解している。高規も自ら小山について学ぶだろう。芳賀からとった大事な人質だ。粗雑に扱うなんて真似はしない。
「さて芳賀家は今回の申し出によって小山の庇護下に置かれたわけだが、ここでひとつ問題が生じた。次郎右衛門、わかるか?」
「……中村城でございますね」
「左様だ。小山領と芳賀領の間にある中村城。これが邪魔だ。ここさえ落ちれば小山と芳賀の領土がつながることになるのだがな」
中村城の中村玄角は領土が孤立している身にもかかわらず宇都宮を主家に仰いでいる。芳賀も道的が健在な頃に何度か中村城を攻めているが落とすには至っていなかった。その理由として中村家が民に慕われていることと玄角が多功長朝に並ぶ武勇に優れた武将であることが挙げられる。玄角は寡兵の動かし方が上手い。かつて結城が中村城を攻めた際も寡兵でなんとか結城の攻撃を凌いでいた。中村十二郷を支配した全盛期ほどの支配圏はないが、いまだに侮ることはできない。
兵力を失っている今の芳賀家には中村城を攻める余裕はない。ならば小山が動くほかない。だが余計な殺生は避けたいところ。そこで俺は一度玄角に小山への臣従を勧める手紙を出してみた。
結果は見事な拒絶。玄角は主家を裏切るわけにはいかないとこちらの誘いを断った。それなら仕方ないと俺は家臣らに中村城攻めを命じ、戦の支度を進めることにした。
「寡兵といって侮るな。相手は宇都宮屈指の名将中村玄角入道だ。万全を期して攻め落とすぞ」
「御屋形様、例の兵器はいかがなさいますか?」
谷田貝民部の問いに俺は一瞬考え込んだが首を横に振る。
「今回はなしだ。あれについてはもう少し実験してから戦場に投入する」
例の兵器とは焙烙火矢のことだ。先日試作品が完成したがまだ実用化までには至っていなかった。火薬に限りがあるという事情も含まれているが、今回の戦に投入するのは時期尚早だと思った。たしかに戦場で試すのもありだが、まだ焙烙火矢の存在を相手に知られたくないという理由もあった。
あれを投入するときは実用に耐えられる物が完成したときだ。おそらく宇都宮城攻めの頃に使うことになるだろう。
今回は焙烙火矢を使わない代わりに兵力は十分に揃えるつもりだ。羽生田城攻めでは帯同しなかった勘助ら小山家の重臣らも参陣する。量・質ともに抜かりはなかった。
小山領から中村城に向かうには鬼怒川を渡るしかない。しかし幸いにも上三川城の南に川幅がかなり狭い場所が存在したので、そこから鬼怒川を渡河し中村領への侵入を図る。
「そういえば次郎右衛門は今回が初陣だったか」
「はい、そのとおりでございます」
今回の中村城攻めでは高規も従軍させていた。まだ十二の高規にとって今回が初陣だという。やや大きな甲冑を身に纏っているが緊張からか表情が少し硬い。そんな高規の初々しい様子に俺は自分の初陣の頃を思い出し、微笑ましい気持ちになる。
「緊張するなとは言わん。ただ戦がどういうものなのかしっかり目に焼きつけろ。それだけでも十分な学びになるぞ」
「はっ、承知いたしました」
まだ高規の表情は硬いが、さっきよりは顔色が良くなってきた。これ以上の言葉かけは不要だろう。
しばらく進んでいくと、やがて中村城を視認できる距離まできていた。中村城から城兵が討って出る様子はない。だが念のため、伏兵が潜んでいないか段蔵らに兵を与えて探らせていると城外の林で敵兵を見つけることに成功した。わずかな呼吸音から敵兵が潜んでいることを看過した段蔵は合図を出して林に向かって矢を放たせた。突然矢の雨に襲われた敵の伏兵はたまらず林から出てくるが、待ち伏せしていた小山の兵の餌食となり、奇襲をかけることができずにそのまま敗走した。
「やはり伏兵がいたか」
「はっ、しかし段蔵殿の活躍により、撃退することに成功したしました。敵の武将も何人か討ち取った模様です」
先陣からの戦果の報告によるとこちらの犠牲者は皆無なのに対し敵は少なくとも二〇は討ち取られたようだ。
その後は伏兵に注意しつつ進んだ接敵することなく中村城を包囲することができた。中村城はそれなりに規模があるが、今回二〇〇〇の兵を連れてきたので包囲は容易だった。
包囲し終えると、俺は中村城に再度小山に従属するよう使者を送ることにした。玄角を是非配下に加えたかったからだ。玄角は臣従を勧める話を今度は一蹴しなかったようで使者が陣に帰ってくるまでしばらく時間が経過した。
「それでどうだった?」
俺は使者を務めた岩上九郎三郎に交渉の是非を問う。
「申し訳ございません。中村殿は従属を拒否いたしました」
「そうか。やむを得ないな」
「しかし中村殿より託けを預かっております。『敵ながら玄角を評価していただいたのは嬉しいことではあるが、こちらも坂東武士。一戦もせず敵に屈することはない。次は戦場にてお会いしよう』とのことです」
さすがは猛将中村玄角といったところか。従属を断られたわけだが、ここまで言い切られるといっそのこと清々しい。玄角を配下にすることは難しそうだが、この戦に負けるわけにはいかない。
家臣らに交渉の決裂を伝えるとすぐに兵を展開させていつでも攻撃ができるように準備を整える。俺が軍配を振り下ろすと同時に法螺貝が鳴り響き、小山の兵が中村城を攻めかかる。
中村城攻めは熾烈を極めることになった。兵力差がありながらも玄角は時に自ら前線に立ち、逆茂木や杭を用いて的確な指揮でこちらを苦しめた。しかし多勢に無勢。ひとつまたひとつ郭を落とされて残りは本丸を残すのみとなるとついに城側は降伏した。
降伏したのは玄角の嫡男である中村日向守時長。もはや万策尽きた玄角の命によるものだった。
「それで玄角入道殿はどうした?」
「父は宇都宮城の方角を向きながら自刃いたしました。首については明かせません」
敵に降伏しても父の首は渡さない。時長の意地を見せられた俺は首について言及することをやめて時長らの降伏を受け入れる。
時長によると玄角は二度も従属を勧めてきた小山に悪い印象は抱いてなかったらしい。しかし宇都宮を見捨てる真似はできなかった。中村城が落城する間際、玄角は時長ら生き残りに小山に降るよう命じた。それは玄角の最期の命令だった。玄角は敗戦の責と宇都宮に殉じるため本丸の館で時長に自身の首を刎ねさせたという。
時長が降り、玄角が自刃したことで中村城は小山の手に落ちた。これにより芳賀領と小山領がつながることになり、小山の勢力圏が芳賀郡まで及ぶことになった。
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