落ちゆく芳賀
下野国 祇園城 小山晴長
「芳賀が宇都宮城を攻めて返り討ちに遭っただと?一体何を考えて宇都宮城を攻めたんだ道的は」
段蔵からの報告に俺は首を傾げた。
「それがどうやら芳賀領内で宇都宮家が宇都宮城から多気山城に拠点を移すという噂が流れていたようで」
「ちっ、偽の情報に踊らされたか。もしや宇都宮城が手薄になるなら己の兵だけでいけると踏んだな。こちらに黙っていたのは宇都宮を独占するつもりだったからか」
思わず舌打ちが漏れる。
たしかに小山が一枚噛めば芳賀の宇都宮独占は成し得ない。宇都宮城が手薄という情報を信じ切った芳賀にとって宇都宮を奪える絶好の機会だったのだろう。だが現実はそう上手くいかなかった。芳賀は宇都宮に返り討ちに遭い、道的は飛山城に逃げ込んだという。その飛山城も宇都宮に包囲され落城寸前だとか。
欲深かった芳賀親子は情報の真偽を確かめる前に急いで宇都宮を攻めたので、宇都宮の策であることに気づくことができず敗れて、今は滅亡の危機に瀕していた。
ここまで攻め込まれればもはや外野からできることは何もない。道的には悪いが小山が救援を出すこともない。万が一窮地を脱することができれば何か策を打ってもいいが、可能性は低そうだ。
数日後、飛山城が落城したと報せが届く。道的は城内で家臣に殺され、家臣はその首を片手に命乞いしたらしいが宇都宮側はそれを拒否して飛山城の兵を撫で切りにしたそうだ。命惜しさに家臣に裏切られた挙句、城兵を皆殺しされた道的の最期にわずかにながら同情する。道的は死んだが、当主の高照はどうやら宇都宮での敗走後に道的と道を違えて飛山城に籠城せずに那須の方に逃亡したらしい。那須高資の室に芳賀の娘がいると聞くから那須を頼ったのだろう。
だが道的が死に高照が逃亡した芳賀家は大きく弱体化することになってしまう。高照が逃げた当主の座には高照の弟高規が就くことになったが、高規はまだ十二と幼いため道的の叔父にあたる孝高が高規の後見にあたることになった。
「右兵衛尉は真岡に戻らずに那須に逃げ出し、その弟が担がれたか」
「しかし新たな当主殿はまだ幼い。実権は大叔父の刑部大輔殿が握っているようですな」
「刑部大輔か。道的の影に隠れていたが、奴も芳賀の専横に加わっていた男。道的の暴走は止められなかったが、はたしてどれだけの器量の持ち主やら」
当主が誰だろうが、芳賀の実権を誰が握ろうが芳賀の今後はかなり厳しいだろう。多くの重臣と兵士を失った今、宇都宮の攻撃を防ぎ切るのは難しい。益子もこれ以上芳賀の世話をする余裕はないはずだ。飛山城近辺での影響力を再び失えばまた芳賀の勢力範囲は真岡城付近に縮まるだろう。かつての力を失い、道的も失った芳賀はもはや小山の協力相手になり得ない。
対宇都宮勢力のひとつである芳賀家の事実上の脱落は小山にとって痛手でもある。この戦がきっかけで宇都宮が息を吹き返す可能性も十分あり得る。もし宇都宮が再度芳賀領に侵攻してくれば今度こそ芳賀は滅びるだろう。あるいは和睦か降伏して宇都宮の傘下に再び収まるか。どちらにせよ戦力としての芳賀はもう期待できない。
そんなある日、その芳賀から使者が祇園城を訪れてきた。名目は新たな当主からの挨拶だがそれだけでないことは彼らの表情から明らかだった。
使者は高規の書状を献上する。内容はまあありきたりなものだ。ただ最後に力を貸してほしいと記されており、芳賀の逼迫した状態が垣間見えた。一方で詳しい話は大叔父上からという文言が気になった。
「それとこちらは刑部大輔様からの書状でございます」
使者は高規とは別に孝高からの書状も渡してきた。俺はそれに目を通すと使者に問いかける。
「お主らはこの書状の中身を存じておるか?」
「……はっ」
なるほど、彼らはこの中身のことを承知しているのか。そして高規の詳しい話は孝高からというのはこのことか。たしかに若い当主に書かせるより、経験豊富で後見役の孝高が説明した方が良さそうな内容だった。
孝高の書状にはこう記されていた。
「芳賀家は小山家に庇護を求める、とな。刑部大輔殿はもう自力で芳賀家を守るのは不可能と判断したか」
芳賀家が小山家の庇護下になりたいということに家臣たちがざわめく。孝高は領土を守るために小山家に膝をつくことを選んだのだ。宇都宮家の一門にして一時は主家である宇都宮家すら傀儡にした芳賀家を背負う者として宇都宮家代々の仇敵である小山家に庇護を求めるのは簡単な決断ではなかっただろう。
もしかしたら宇都宮家に降ることも考えたかもしれない。だが芳賀家はあまりにも宇都宮家に対し横暴に振る舞い過ぎた。許しを乞うには些かやり過ぎた。道的に弟を殺され、宇都宮家を窮地に追いやった元凶である芳賀家を俊綱は簡単に許さないだろう。それこそ成綱公がした芳賀家の粛清以上のことをするかもしれない。そう考えると小山家を頼るのはある意味賢かった。
「であれば、ひとつ条件がある。それが呑めれば小山が芳賀を庇護してやろう」
後日、ひとりの少年が祇園城の大広間で俺に対し平伏していた。
「お初にお目にかかります。芳賀が当主、次郎右衛門高規と申します」
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