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綱雄の策略

 下野国 宇都宮城 壬生綱雄


「ええい、酒を持ってこい!」



 御屋形様が小姓に向かって酒を要求する様を見て周囲の者たちの溜息をつく音が聞こえてくる。



「御屋形様の酒を飲む頻度が以前と比べて上がってますな」


「飛山城を芳賀に落とされてからずっとあの調子か」


「元僧籍の人間として酒に溺れるのはいかがなものでしょう」



 飛山城を落とされたのは宇都宮家にとって痛恨の出来事だった。一度目は壬生の羽生田城を見殺しにして救援したくせに、二度目に侵攻であっさり落とされたのは記憶に新しい。後詰も撃退されたと聞かされたとき御屋形様はそれはもう激怒なさった。芳賀攻略のために奪取した飛山城が再び芳賀の手に落ちたのだ。これにより東部の領土を再度失うことになってしまった。今の宇都宮の領土は宇都宮城近辺まで狭まっている。御屋形様が酒に溺れるのも無理ないだろう。


 正直宇都宮家の将来が明るくない中、政務に明るいという理由で儂は御屋形様に重用されるようになっていた。芳賀、塩谷、益子が寝返り、各地の有力な武将が敵の手に落ちている現在、宇都宮家は深刻な人材不足に陥っている。多功殿など宇都宮家を支える武将は何人か残っているが、それ以外は小粒な印象が拭えない。


 儂も当初は壬生の倅、若輩者と年長者から軽く見られていたが、倹約を推し進めて宇都宮家の財務を立て直すと、その手腕を評価されて御屋形様の信用を勝ち取ることができた。一部の者からはいまだ若輩者と疎まれているが、あまり気にしていない。今では父上の思惑どおり、鹿沼城から動けない父上に代わり宿老のひとりとして宇都宮家の政務を握ることができた。


 御屋形様が酒に溺れるようになってからは我ら家臣が政務を回すことが多くなった。それでも御屋形様は政務を完全に投げることはせずに最後には政務に参加していた。そのためまだ完全に宇都宮家の政務を牛耳るまでには至っていない。だが御屋形様からの信用が厚くなってきたのは明らかだった。



「なに、多気山の再整備だと?」



 ある日、儂は御屋形様に宇都宮城の北西にある多気山の城の再整備を進言した。多気山の城は宇都宮家の始祖である藤原宗円公が築いたとの伝承があったが、近年はまったく使われていなかった。



「はい、率直に申し上げて平城の宇都宮城では防御に一抹の不安がございます」


「なるほど、それで山城の多気山を再整備しろということか。たしかに儂も宇都宮城が小山の攻撃を凌げるかといわれれば自信はないな」


「なにも移転しろとは申しません。ですが詰の城を備えておくべきではないでしょうか」


「ふむ、一理あるな。お前の意見を採用することにしよう。皆の者、何か意見はあるか?」



 御屋形様は他の者に意見を求めるが、反対する者はおらず多功殿すら儂の案に賛成した。賛成に傾いたことを確信した儂は御屋形様に新たな案を進言することにした。



「そこでですが儂に新たな腹案がございます」


「なんじゃ、申してみよ」


「はっ、今回の多気山の件で芳賀を嵌めたいのです」


「芳賀を嵌めるだと?面白い、言ってみよ」



 儂の案はこうだ。芳賀に偽の情報を流してわざと芳賀単独で宇都宮城を攻めさせるのだ。この偽の情報に使うのが今回の多気山の再整備だ。芳賀には宇都宮が宇都宮城から多気山に拠点を移すという偽の情報を流させる。多気山に移れば宇都宮城は手薄となり芳賀の軍勢だけでも落とせると嘯けばあの強欲な芳賀親子は間違いなく宇都宮城を我が物にせんと己の兵のみで攻めてくるだろう。実際に多気山の整備はおこなうので芳賀は情報の信憑性が高いと踏んでくるはずだ。


 そこで宇都宮城にやってきた芳賀の軍勢を待ち伏せし、返り討ちにさせて芳賀親子を討ち取るのが儂の考えだった。仮に討ち漏らしてもそのまま飛山城まで進軍すれば飛山城を落とすことができるだろう。


 もし芳賀が小山と協力して攻めてくれば話は変わってくるが、あの芳賀親子なら小山の手をとらないだろうと読めた。おそらく宇都宮の支配権を独り占めにしたいはずだ。


 儂の考えを聞いた御屋形様はしばらく考え込んでいたが、やがて目を開くと愉快そうに笑みをこぼして儂の意見に同調する。



「良いではないか。たしかにあの親子ならその偽の情報に食いついてくるだろうよ。石見、お前の意見はどうだ?」


「……儂も御屋形様と同意見でございます」



 武勇優れる多功殿からの賛成を受けて御屋形様は多気山の再整備と芳賀への奸計を進めることを決定させる。それからひと月後、多気山の城の改修が始まり、同時に芳賀領に偽の情報を流す。それが功を奏し、芳賀側は完全に偽の情報を事実だと信じ込み、戦の支度を始めたらしい。



「ははは、本当に芳賀単独で動くとはな。まさにこちらの考えどおりになったではないか」



 御屋形様は芳賀がこちらの予測どおりの動きを見せたことが愉快だったようでかなりの上機嫌だった。酒を手にする機会も減ってしまったのは誤算だったが、まあいい。


 御屋形様は多功殿にぎりぎりまで兵を伏せておくよう命じる。儂も従軍するが今回の指揮は多功殿になってしまった。多功殿は戦の上手さでは家中一なので仕方がなかった。


 そしてついに芳賀の軍勢が偽の情報を信じ切って宇都宮城へ進軍してきた。多功殿は少数の兵を本隊と偽り、芳賀の軍勢と接敵するとすぐに兵を退けて逃げるように散っていく。


 多少賢い者ならば罠と勘づくかもしれないが芳賀の軍勢の中にはそういった者はいなかったらしい。勢いよく逃げる兵を追いかけていく。


 芳賀の兵が追いかけてくるのを確認した多功殿は法螺貝を吹く。


 それが合図だった。


 両脇に伏せていた兵が深追いしていた芳賀の兵へ襲いかかる。突然現れた宇都宮の兵に気が動転した芳賀の軍勢は半刻もしないうちに潰走。多功殿は反転し芳賀親子のいる本陣へ攻めかかった。


 結果は完勝。芳賀親子は討ち取れなかったが、親子は飛山城に逃げ込んだ。

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