側室選びの相談
下野国 祇園城 小山晴長
「なるほど、それで側室を……」
側室の件を大膳大夫、弦九郎、資清らに相談すると皆は顔を見合わせて複雑な表情をしていた。
「夫婦仲が睦まじいのは小山家と結城家にとって喜ばしいことですが、聞いているこっちが恥ずかしくなりますな」
弦九郎の顔はほんのり朱に染まっていた。そんな弦九郎に大膳大夫と資清は呆れている。
「弦九郎は初心じゃのう。それでも嫁をもらった男か。儂なんて先代の頃からこのような話は耳に胼胝ができるくらい聞いとるわ」
「話が逸れておりますぞ。しかしそれで側室ですか。御方様の懸念は理解できますが、些か気にしすぎなのでは?」
「だが御屋形様は衆道の気はありませんからなあ」
大膳大夫のいうとおり俺には衆道の気はない。それも相まって側室をとることを勧められていた。父上も側室をもたなかったが、父上の場合は父上自身身体があまり丈夫じゃなかったということもあった。
「なるほど、ですが側室となると相手をどうするかという問題がでてきますぞ」
と資清が指摘する。
そこが問題だった。俺としてはそこまで身分を問うつもりはないが、正妻の富士を敬ってくれる人物が望ましかった。また変な出世欲をもつ親類をもつ者もできれば避けたい。側室とはいえ小山家と外戚になるのだ。家中の軋轢の火種になるような人物は迎えたくない。
そのことを伝えると皆再び表情を難しくさせた。条件に関しては皆も納得してくれたが、それに当てはまる人物がいるかどうかは話が別だ。
「その要望は尤もなのですが、そうなるとじっくりと調査しなくてはなりませぬ」
「左様、となると今すぐというわけにもいきませんな」
「時間がかかると思われます。そうなると側室をとる話は今でなくてもよろしいかと」
三者はこのように結論を出し、富士の要望に応えて今すぐ側室を迎えるべきではないという意見で一致した。
「決して御方様を蔑ろにしたわけではありませぬ。ですが条件に当てはまる者を探すとなると時間がかかります。おそらく出産の時期には間に合わないか直前になるかと思います。それは却って御方様に負担をかけてしまうのでないでしょうか」
「……そうだな。間に合ったとしても出産直前で俺が側室を迎えるのはよろしくない。富士には俺から言っておこう」
結局話し合いの結果、一旦側室は迎えない方向で決まった。あくまで保留だ。そのことを富士に話すと富士は自分の我儘で申し訳ないと恐縮していたが、俺は気に病むことはないと慰める。
側室の件は俺を心配してのことだったし、今後の側室選びへのいい準備にもなった。将来的に側室を迎えることは否定できない。もし富士が側室を迎えるよう言ってなかったら俺の側室への意識は薄かったままだろうし、夜のことについても深く考えなかっただろう。
「おそらくこれからはまた忙しくなる。できる限り富士のもとに通うつもりだが、できない可能性の方が高いだろう。それは先に謝っておきたい」
「いいのです。お前様が私を想ってくださるだけで富士は幸せでございますから」
側室選びが一時保留になってから数日後、芳賀と益子が再び飛山城を攻めたという報が入った。前回より規模を増やした飛山城攻めは今度こそ芳賀と益子に軍配が上がり、飛山城は落城し宇都宮勢は飛山から撤退する。これによって芳賀は重要拠点である飛山城を取り戻し、宇都宮は宇都宮城の東の拠点を失うことになる。
芳賀の飛山城奪還は小山にとっても好都合で、これにより芳賀と連携して南と東から宇都宮城を攻めることも可能になった。とはいえ挟撃を実行するかどうかは別の話だ。芳賀は今回益子の支援があってなんとか飛山城を取り戻した。二度も支援したこともあって益子もしばらくは自勢力の維持に注力するだろう。芳賀単独で宇都宮勢をどうこうできるとはあまり思えない。道的も高照も聞いている限り、戦に優れた武将とは言い難く、飛山城奪回も益子の力が大きかったらしい。
また個人的には鹿沼をできるだけ早く支配下に置きたいところ。しかし立地的に考えて鹿沼を攻めれば間違いなく宇都宮が動いてくるだろう。俊綱は一度壬生を見捨てた前科がある。二度も見捨てるような真似はしないだろう。鹿沼城は堅固であるため中途半端な兵力では落とせない。佐野に兵を借りたとしても確実に落とせるとは限らないし、苦戦すれば日光につけこむ隙を与えかねない。やはり先に宇都宮を攻めるのが定石になるか。
「となると次の標的は宇都宮城になるな。羽生田から犬飼を通れば支城の江曽島城があるが館が拡張された程度の小さな城と聞く。そこを突破すれば宇都宮城まで行くことができる」
「しかし宇都宮城は平城ですが城下町ごと土塁と柵で囲われております。攻め落とすのは簡単にはいきませぬ」
粟宮讃岐守が慎重論を唱えると複数の家臣らもそれに同調する。俺も讃岐守の意見に頷く。
「だろうな。だからこそ工作が必要になる。段左衛門、お前にはこちらに寝返りそうな者を探ってもらう」
「かしこまりました」
「それと多功についても調べを進めてくれ」
そう言い加えると家臣から疑問の声が上がる。
「多功でございますか?恐れ入りますが、彼は宇都宮の忠臣でございます。寝返る可能性は低いかと」
「ああ、それはわかっているさ。石見守は小山に居城を落とされて父親を殺されている。小山に降るとは考えていない」
多功に寝返りを打診したところで断るどころかこちらを討ち取りにくるだろう。だが寝返りだけが工作ではない。多功が寝返りを疑われる、それだけで十分なのだから。
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