茶臼山の戦い
下野国 茶臼山古墳 小山晴長
村井城から出陣してきた壬生の軍勢を迎え撃つべく俺は一〇〇〇の兵を率いて茶臼山と呼ばれる古墳らしき人工的に造られた丘陵に本陣を構えた。台地上にある茶臼山という丘陵はさほど広くない。なので本陣だけはここにして兵たちは茶臼山の下に配置した。
茶臼山から北を見渡すと遠くから壬生の軍勢が確認できた。見た限り、敵の数は事前の情報どおり八〇〇前後でこちらの方が数で勝っている。壬生の軍勢も茶臼山から少し離れた小規模な丘陵に陣を構えていた。たしか地図ではあの辺りは愛宕塚と呼ばれる場所だったな。茶臼山に似ていることからあそこも古墳なのだろうか。
しばらくの間、両者の睨み合いの時間が続く。やがてお互いに軍勢を前進させ、それぞれの本陣の中間地点あたりで一発の矢が壬生から放たれた。それが契機となり互いの軍勢が激突する。
こちらは数で勝っているため鶴翼の陣を敷いていたが、壬生は魚鱗の陣を敷いて対抗してきた。魚鱗の陣ということもあって敵は中央突破を図っているようで勢いよく粟宮讃岐守率いる中央の部隊に主力をぶつけにくる。こちらの両翼が敵を挟撃するように動き出したが、敵の勢いが強くあまり効果的に挟撃できていない。
「思ったより敵の士気が高いな。両翼に伝令を出せ。このまま敵の思いどおりに攻めさせるな」
本陣から戦場を見渡し、中央の苦戦を確認すると両翼に中央の部隊の援護に入るよう下知を飛ばす。しかし伝令が届くには時間がかかる。両翼の部将たちも中央が危ないと気づいているが、敵の先陣が想定以上に中央の部隊に食い込んでいる。このままでは中央の部隊が危ない。
懸念は当たり、讃岐守からの使者が本陣に駆けつけてくる。
「粟宮殿より増援の要請でございます!」
「ちっ、想定よりもたないか。仕方ない、本陣から一〇〇送る。両翼の援護まではもちこたえろと讃岐守に伝えろ!」
元々多く配置していない本陣の兵がさらに減っていく。中央では讃岐守と石渡薩摩守らが健闘しているが、それにしても敵の勢いが強い。ただようやく両翼の挟撃が効果を発揮してきたことでなんとか中央の部隊はもち直し、少しずつ壬生の軍勢を押し返しつつあった。
「このまま敵を包囲して殲滅までいきたいが、そう簡単にはいかないか」
戦況が傾きかかってくると見るや今度は壬生が動いてくる。愛宕塚に構えていた敵の本陣が移動し、戦闘に参加しだしたのだ。後ろから増援を得た壬生の先陣はこれによって息を吹き返し再び中央へ攻め寄せてくる。
壬生の本陣が動き出した段階でこちらも両翼に本陣の合流を阻ませるよう指示を出したが、敵は犠牲を出しつつも両翼の攻撃を掻い潜り合流を果たしてしまった。ただ敵が集合してくれたおかげで三方から包囲することができる。
「よし、このまま挟み込め!」
「も、申し上げます。石渡薩摩守殿、討ち死に!」
しかし中央の状況は依然として苦しい。敵の部隊長が優れているのか、かなりの数を討ち取っているはずなのに一向に士気が下がらないし瓦解もしない。
讃岐守がなんとか死守しているが、このままでは包囲殲滅する前に中央が崩れてしまう。中央突破を許せば敵は手薄な本陣まで迫ってくる。茶臼山にはちょっとした周壕があるが、この程度では敵の足は止まらないだろう。この状況をどう打開するか思考を高速で回転させる。
そのときだった。戦場の東側から大きな鬨の声と足音が近づいてきたのだ。東側といえば右馬助が宇都宮と対峙しているはずだ。まさか敗れたか。
物見に近づいてくる者たちの正体を探らせる。確認した物見の兵が大きな声を上げてこう叫んだ。
「二つ頭左巴の旗!お味方でございます!」
その叫びは本陣だけでなく戦場にも届いた。小山の兵の士気は大きく高まり、壬生の兵は新手の登場に困惑していた。見ればその軍勢を率いているのは右馬助ではないか。それも彼らには一戦した形跡もない無傷の一〇〇〇の兵だった。
突如現れた一〇〇〇の兵は東側から偃月の陣でそのまま敵へ攻めかかる。新手に動揺した敵は東からの攻撃に全く対応できずに浮足立つ。やがて後方にいた本陣の兵は法螺貝を鳴らし反転して戦場から離脱しようとする。しかし深く攻め入っていた敵の先陣らは離脱が叶わず右馬助と息を吹き返した小山の兵によって討ち取られた。後方にいた兵たちは辛くも戦線を離脱できたがその数はそう多くなかった。
こうして右馬助の救援によって俺たちは辛くも壬生の軍勢に打ち勝つことができたが、俺の中では苦い思いが広がっていた。
もしよろしければ評価、感想をお願いいたします。




