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羽生田城の戦後処理

 下野国 羽生田城 小山晴長


 羽生田城への入城を果たした俺はそのまま本丸に赴いて戦後処理を進めることにした。


 羽生田城の大広間では藤倉尾張守ら城側の人間が待っていた。俺は自ら交渉の席につき、藤倉尾張守と対峙する。藤倉尾張守は二十代半ばと若かったが理知的な瞳をしていた。



「お初にお目にかかります。羽生田城代藤倉尾張守綱宗と申します」


「小山隼人正晴長だ。そなたの今回の決断、ありがたく思うぞ。ではさっそく交渉に移ろうか」



 藤倉尾張守は表情ひとつ変えることなく口を開く。



「我々の望みはただひとつ。某の命と引き換えに城兵の助命をお願い申します」


「命ということは尾張守が腹を切るということか?」


「左様でございます。どうか城代である某の命ひとつで城兵だけは助けていただきたく」



 俺は腕を組んでしばらく考え込む仕草を見せてから腕組みを解いた。



「要望どおり城兵の命は助けてやろう。だが切腹はなしだ。尾張守、そなたらは小山家に仕えよ」



 切腹しないでいいという俺の提案に藤倉尾張守らは目を見張る。



「命をとらないのですか?」


「尾張守の若いのに城代として城兵のために命を張れるその胆力が気にいった。ここで命を落とすのは惜しい。どうだ、ここは一度死んだと思い、俺に仕えないか」


「……某は壬生家に救われた身。大殿様を裏切るような真似はできませぬ」



 尾張守は壬生の忠臣らしくこちらの誘いに靡かなかった。しかし城代としての責はあるようでこちらの要望に応えられない代わりに自らの切腹を志願する。俺としてはその姿勢にも好感がもてた。やはりここで死なすには惜しい人材だ。



「仕方ない。今すぐ仕官させるのは諦めるか。だが切腹はさせるつもりはない。代わりにそなたの身柄を小山に移送させるとしよう。いわゆる捕虜だ。どうだ、それなら呑めるか?」



 尾張守は一度城側の者を見て再びこちらに顔をむける。彼の頭の中には城兵や綱房、小山といった様々なものが巡っているはずだ。



「かしこまりました。捕虜として小山に同行いたします」


「そうか。こちらも丁重に扱うつもりだ。いずれは己の意思で仕官してくれれば嬉しいがな」



 その後は順調に事が進んだ。尾張守以外の城側の者も小山に降ることになり、雑兵らは武装解除させてそれぞれの村に帰させた。城側の人間の中には羽生田城の近隣にある上田(かみた)館と北小林館の者も含まれており、それぞれ小山に従属することを明らかにした。


 交渉が終了したあとは兵を休めつつ周囲の警戒を疎かにしなかった。特に昼間にあった宇都宮方面から上がった複数の煙は気になっていた。もしあれが兵糧を炊く煙だったのなら宇都宮が軍事行動に出る可能性が極めて高い。すでに羽生田城が攻められているという情報は届いているだろう。下手すれば陥落したということも伝わっているかもしれない。


 それに鹿沼でも動きがある可能性もある。綱房が要所の羽生田城を攻められて何もしないとは思えなかった。


 翌朝、その懸念は当たることになる。


 伝令が羽生田城本丸に飛び込んできた。それは宇都宮方面を監視していた加藤一族の者からだった。


 一〇〇〇あまりが宇都宮城を出立。方向は羽生田方面。


 さらに時を置かずにもうひとり伝令が駆け込んでくる。今度は鹿沼を監視していた者からだった。



「申し上げます。村井城から敵兵の出陣を確認。その数およそ八〇〇!」


「なに、鹿沼城ではなく村井城からだと?」


「申し訳ございません。どうやら敵は深夜に火を焚かせずに鹿沼を出発していた模様です」



 村井城から壬生勢が出陣してきたことで途端に周囲が騒がしくなる。



「御屋形様、これは時間があまり残されておりませんぞ。早く軍議を」


「わかっている。しかし北と東の二方向から攻めてきたか。さてどうする?」



 意見を求めると家臣らはざわめきながらもぽつりぽつりと案を出していく。



「ここは野戦しかありますまい。籠城といっても今の羽生田城では敵の攻撃を防げませぬ」


「しかし敵は二方向からくるぞ。下手すれば挟み撃ちにされる」


「いっそのこと羽生田城を放棄して撤退などはいかがかと」


「そんなことできるわけないだろう」



 野戦か籠城か、あるいは撤退か。色々な意見が出てきたがなかなか決まる気配はなかった。時間は少ない。俺は一度周囲を静かにさせたあと、口を開く。



「撤退はしない。壬生と宇都宮を迎え撃つ」


「それは籠城ということでしょうか?」


「いや、野戦だ。弦九郎、例のあれを」



 弦九郎に持ってこさせたのは羽生田城側が持っていた羽生田城周辺の地図だった。



「苦渋の決断だが、今回は兵をふたつに分けてそれぞれの軍勢を迎え撃つことにする。先にこちらに到着するだろう壬生勢を俺が、壬生勢に遅れてやってくる宇都宮勢を右馬助が大将として対応する。まず壬生勢と対峙する側はこの台地上にある茶臼山と呼ばれる古の墓らしき丘を本陣とする。ここなら鹿沼勢の動きを一望できるはずだ。次いで宇都宮勢と対峙する側はこの中泉という地で迎撃してほしい。ここは湿地帯らしく敵の動きが鈍るはずだ。右馬助、頼めるか」


「任せてください。宇都宮の連中など一網打尽にしてみせましょうぞ」



 右馬助の力強い言葉に俺は頷く。



「よし、ここからが正念場だ。連戦で厳しいかもしれないが皆の者の奮戦を期待するぞ」


「「「「「応!!」」」」」

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