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羽生田城攻め

 下野国 本陣 小山晴長


 古墳の上から羽生田城を見渡すと西の大手に兵が集中しているのが見てとれる。見た限り敵の数はおよそ五〇〇前後といったところか。


 まず攻める前に羽生田城に投降を促す使者を送ったが城代の藤倉尾張守はこちらの呼びかけを拒否し徹底抗戦を唱えた。交渉が決裂に終わったので使者が戻ってきたのを確認してから兵を展開させる。主力を西の大手に集中させつつ北にも兵を配置。そして南の伏兵には合図が出るまで敵にばれないよう待機をさせた。


 おそらくこちらの軍勢が見えた時点で羽生田城は鹿沼に救援要請を送っているだろう。援軍が到着するまでに城を落としたいのが本音だが攻め急いでもいいことはない。ここは確実に攻めていくとするか。


 俺は控えていた小姓に呼びかける。



「合図を」



 小姓は法螺貝を吹き、その音を合図に鏑矢が放たれる。



「かかれえ!」



 号令とともに兵が城へ押し寄せていく。特に大手のある西の郭は敵味方ともに兵が多いため一番の激戦地となっていた。西の郭──右近曰く、三の丸は空堀が深く巡らされており、堀の底には杭が設置してある。土塁も立派なものでそう簡単に乗り越えられそうではなかった。


 そこで大手の先陣を任された粟宮讃岐守は闇雲に攻めるのではなく、盾を先頭にじりじりと距離を詰めると事前に組ませていた竹製の梯子を土塁にかけていく。敵兵も梯子を落とそうと身を乗り出すが、それを弓矢で狙い撃ってくる。


 一進一退の攻防が続くが徐々に数の差で小山の軍勢が敵を押し込んでいく。土塁の兵に気をとられ手薄になりつつあった冠木門目がけて今度は奥から丸太を持った兵たちが登場し、矢の雨を駆け抜けて丸太をぶつけにかかった。何度かの激突を繰り返すと門の(かんぬき)がへし折れて打ち破れた。さらに土塁にかけた梯子からは一人また一人と三の丸への侵入を果たす者が現れると戦況は完全に小山に傾いた。


 敵も大手を突破させんとばかりに本丸や別の郭からも増員がかかってくる。それを見た俺は本陣の兵に狼煙を上げるよう命じた。南の伏兵への合図だ。


 幸いにも雲ひとつない快晴のもと狼煙は邪魔されることなく天高く昇っていく。この狼煙を合図に右馬助率いる南の別動隊は右近が教えた小道を辿って本丸へ攻め込む予定となっている。ここから別動隊の動きを見ることはできないが、順調にいけば遅くないうちに本丸で戦闘が起きるはずだ。



「北はやや苦戦気味みたいだが他は順調そうだな。段蔵、鹿沼からの救援はまだきてないか?」


「今のところ確認はできていない様子でございます。しかし宇都宮方面を監視していた一族の者から気になる情報が……」


「気になる情報?」


「はっ、どうやら宇都宮城のある方角にて多くの煙を確認したと」


「煙か。火事か、あるいは兵糧を炊き出すときにでたものか。後者なら宇都宮が動いてくるかもしれんな」


「もしや敵は鹿沼だけでなく宇都宮にも救援を送ったのですか?」



 弦九郎の問いに俺は首を横に振る。



「それはわからん。だが宇都宮城に近い羽生田が落ちれば奴らにとっても脅威は増してくる。だからこそ落城を阻止するために動いても不思議ではないな」



 鹿沼だけならまだどうにかなるが宇都宮まで救援が来るとなると厄介なことになる。こちらの兵数がどれだけ削れるかわからないが、敵は一〇〇〇以上の兵を揃えてくるだろう。一戦を終えたこちらに対して無傷の宇都宮・壬生勢と相対するのは分が悪い。さてどうするか。


 そんなことを考えていると、今度は本丸の方が騒がしくなってきた。物見の兵に状況を確認させると本丸から狼煙が上がっていた。右馬助率いる別動隊が本丸に侵入したことが確認できたとのこと。



「よし、本丸襲撃に成功して敵は混乱しているぞ。今が好機だ、攻勢を強めろ」



 俺の命令を合図に各攻め口の攻勢はさらに強まっていく。敵は本丸と外からの挟撃で完全に恐慌状態に陥っていた。讃岐守たちは大手を突破して城内への侵入を果たす。苦戦を強いられていた北の兵たちも敵が後退していった隙をついて前進し、こちらも城内に辿り着く。



「で、では某も手柄を立てたいので……」


「待て、右近」



 そそくさと本陣を後にしようとしている右近を制止する。



「な、なんでしょう。某も手柄を立てたいのですが」


「そう慌てるな。戦場に出る前にそなたに褒美を渡さなければと思ってな。いい物をやろう。近こう寄れ」



 右近はオドオドしながらも褒美に釣られたのか無防備に俺に近づいてくる。



「そなたには大きな手柄がある。それに相応しい物を与えてやろう」



 そう言うと俺はわずかに右腕を上げる。それが合図だった。



「へへっ、褒美っていったい……はえ?」



 ぐさりという音が右近の腹から聞こえた。右近が自身の腹を見下ろすとそこには一筋の刃が顔を見せていた。



「は?えぅ、な、なんで……?」


「右近よ、お前が小山に従わず鹿沼に逃げようとしていたのは把握済みだ。残念だ。素直に従っておけばこんなことならずに済んだものを」



 右近を背後から刺した弦九郎が胴体から刀を引き抜く。右近は受け身すらとれずに地面に崩れ落ちた。



「そうだ、褒美のことだが藤倉と同じ尾張守をやろうと思ってな。俺を謀った者にはぴったりな官位だとは思わないか?尤もお前に与えたのは終わりだがな」


「御屋形様、すでに事切れてます」


「なんだつまらん。せっかく源右大将公の故事を一部真似てみたというのに。まあ俺は尾張ではなく尾張守が限度だったが」



 右近の遺体はそのまま打ち捨てさせて彼の刀だけは戦利品として徴収した。最初は苦悶と疑問の表情のまま転がっている右近が兵たちによってどかされる様子を見ていたが、すぐに興味を失った俺は戦況の確認をおこなうことにした。


 本丸ではすでに戦闘が起きており、大手への援軍のせいで手薄になっていた本丸はあっという間に制圧されていき、右馬助らが攻めてから半刻もしないうちに本丸に籠っていた藤倉尾張守は城兵の助命を条件に降伏した。


 本丸から鐘の音が鳴り響き、それぞれから戦闘終了を告げる者が各戦場を駆け巡る。壬生家の重要拠点のひとつである羽生田城はわずか半日あまりで落城したのだった。

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― 新着の感想 ―
美濃・尾張をくれてやろう。清和源氏棟梁、鎌倉の頼朝お兄ちゃんの血なまぐさいブラックジョーク。……オサムライ、オソロシヤ。
[一言] こんな蝙蝠野郎にも劣る小物は懐に抱えるだけで邪魔になるから、この処置は正しい。 しかし、主人公の前途は相変わらず多難だが、随分立派になって…。 泉下の御父上も嘸や御喜びになられているでしょう…
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