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昌膳の乱

 下野国 祇園城 小山晴長


 日光山で乱が起きた。前代未聞の事態に俺は段蔵らに情報の収集を命じたが、少しずつ状況が判明しつつあった。


 その前に日光山の信仰形態と存在形態について確認しておこう。日光山の信仰形態としては男体・女体・太郎山の三山を神仏として仰ぐ日光三所権現信仰を特徴とする。存在形態として日光山は別当以下、留守権別当、衆徒三六坊、衆徒部屋坊二五坊、さらにその下部である一坊衆から構成されているが、現在は日光山別当の地位は空位化し、次席の留守権別当である座禅院主が事実上日光山を統括するようになっていた。そして座禅院の部屋坊である西本坊が日光山衆徒の中心を占めている。また日光山衆徒の多くが下野内外の武家を出自としていた。


 以上が日光山の信仰形態と存在形態だがやはり関東の一大霊場と呼ぶにふさわしい威容を誇っている。この日光山は実は足利家と縁が深く、古河公方足利成氏の弟成潤が日光山の別当を兼務していたり、かの鎌倉公方足利持氏の遺児である春王丸と安王丸もしばらくの間日光山に身を寄せていたという。おそらく日光山の武力を期待した面もあり、当時から日光山の武力は侮れないものがあったのだろう。


 一報からひと月あまりが経過し、次第に乱の状況が明らかになっていった。なんとこの乱を起こしたのが第四八世留守権別当で壬生綱房の次男である昌膳と判明する。昌膳は七年前に留守権別当および座禅院主就任しており、父綱房の日光での影響力を強めるために活動していた。近年は壬生家の劣勢と日光の態度の急変に板挟みにされていたらしい。だが今回昌膳は下方衆と呼ばれる一坊衆の者たちと手を結んで日光で乱を引き起こした。


 日光山衆徒は基本的に堂僧・結衆からなる衆徒と下方と称される一坊衆で構成されている。下方衆は山伏で数が多く日光山の武力の中心であったが、衆徒とは厳然な身分秩序があった。傘や足駄にも違いがあり、例えば足駄だと堂僧が紫皮、結衆は黒皮、下方はふすべ皮といった具合になっている。厳然な身分秩序の対立は深刻化しつつあり、下方衆の不満は高まっていたらしい。昌膳はその下方衆の不満につけこんで、壬生から離れようとする衆徒らに反発したというのが事の顛末のようだ。



「それで日光はどうなったのだ?」


「それが、乱は鎮圧された模様でございます」


「もう鎮圧されたのか?下方衆は日光でも一大勢力だったはず。昌膳の味方も少ないわけではなかっただろうに」



 どうやら乱は失敗に終わり、昌膳は日光山から追放されたらしい。なぜそうなったかはわからないが、結果的に昌膳の計画は失敗し、昌膳だけでなく昌膳に与した下方衆の多くが没落したという。昌膳は鹿沼に逃げ帰ったという情報もあるが定かではない。仮に本当に鹿沼に戻ったところで綱房の日光支配を終焉させた昌膳が無事でいられるとは思えない。


 問題は昌膳の乱を鎮圧し、それに加担した者を追放した日光山の今後だ。日光山は今回の乱によって武力の中心を担っていた下方衆を多く没落させた。その背景に数が多い下方衆に日光山の実権を奪われつつあったことも影響しただろうが、その結果として日光山の武力は著しく低下することになった。噂によれば三〇〇あった坊が八八前後までに減っていると聞く。



「御屋形様、これは好機ですぞ」



 報告を聞いていると資清がそう囁いてくる。どういうことかと資清に尋ねると資清は続ける。



「混乱している今こそ、小山の者を日光に送り込むのです。聞けば小山家も以前日光に人を送り込んでいたではありませんか。留守権別当と下方衆が没落した今ならあちらも断れません」


「なるほどな。弱体している今の日光なら一枚噛むことはできそうだ。しかし伝手はあるのか?」


「それなら顕釈坊の住持はいかがでしょう?」



 そう提案してきたのは大膳大夫だ。聞けば日光山内にある顕釈坊の住持は代々小山・結城家の人間が務めているという。かつて春王丸・安王丸兄弟を匿ったのも顕釈坊の住持らしい。今の住持は小山ではなく結城の人間だというが、大膳大夫の顔見知りでもあるという。


 ならば今回の日光の件は結城にも一枚噛ませた方がいいかもしれない。俺は義兄上に連絡をとり、共に日光へ人を送り込むことを提案する。義兄上はその案を快諾し、一族の若い者を選んで日光に送り込むことで同意した。小山からは右馬助の息子である石若丸が選ばれた。



「すまないな、石若。まだ小さいのに右馬助と離れ離れにしてしまうことを許してくれ」


「お任せください。御屋形様のお役に立てるならこの石若、日光でもどこにでも参りましょう!」



 健気な石若に心を打たれたのか親である右馬助の瞳から熱いものがこぼれ落ちていく。俺はそれを咎めることはできなかった。


 そして義兄上の賛同を得た俺は日光山内にある顕釈坊を通じて日光衆徒に石若丸と結城から選ばれた少年を使いの者と一緒に遣る。やがてひと月が経つと使者が帰還し石若丸らは住持の推薦もあり日光の衆徒に迎え入れられた。


 小山と結城が援助する見返りとして日光に石若丸を空席だった留守権別当にするよう働きかけたが、日光側は意外にもそれを快諾する。それには日光側の事情もあった。日光は当初宇都宮に援助を求めようとしていたらしいが、困窮する宇都宮は寄進していた日光の神領を一部宇都宮領に戻すことを要求。当然それを呑めない日光側は拒絶。そこに俺らの援助の話がやってきたらしい。日光は宇都宮の影響下に置かれて搾取されるより小山・結城の援助を選び、そのためなら留守権別当の地位も惜しくなかった。


 そんな三者の思惑が一致したことでひょんなことから日光への影響力を得ることができてしまったわけだが、これによって小山家の新たな目標が明確になった。それは小山・日光間の流通路の確保。つまり羽生田・鹿沼の攻略だ。壬生とは今回の件で新たな因縁が生まれた。そろそろ綱房との決着もつけなければならない。

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