新たな改革
年内最後の更新です。今年もお読みいただきありがとうございました。
一五三七年 祇園城 小山晴長
年が明けて俺は城内にある父上の眠る小山家の菩提寺である万年寺にひとりで赴いていた。住職に挨拶し、父上の位牌がある部屋に案内してもらう。その部屋には父上の他に歴代の小山家当主の位牌も安置してあった。住職にひとりにしてもらい、俺は父上の位牌の前に座すると静かに手を合わせる。
父上、先日上三川城を攻め落としました。以前は小山荘と榎本くらいだった小山家の領土は今や皆川、壬生、上三川、西方まで広げることができました。かつて大きな力の差があった宇都宮も次第に差が縮まってきております。どうか今後も小山家を見守ってください。
気をきかせた住職が離れた静かな境内は物音ひとつしない。俺はしばらく父上の菩提を弔うために念仏を唱えた。やがて念仏を唱え終えて部屋から出ようとすると、コトンと何かが倒れた音がした。その音の方向に目を向けると、どういうわけか父上の位牌が倒れていた。
大した衝撃もなかったのにどうして倒れたのだろうか。不思議に思いながらも俺は位牌をもとに戻して部屋を後にし、最後に住職に挨拶をしてから城へ戻る。気づけばあの位牌が倒れたことはすっかり頭の中から抜けていた。
それからひと月後、上三川城の勘助から上三川城の再築が完了したことと上三川城の支城だった上城と汗城が臣従を誓ったことの報告を受ける。業親が逃げ込んだ石田館は投降を拒否したらしいが、上城の篠崎弾正と汗城の汗籐右衛門は上三川城に参上して小山家への臣従を誓ったらしい。この後、祇園城にも参上する予定だそうだ。
上城、中城、汗城が小山に転じたことで石田館は孤立したが、俺は無理に攻めることはしなかった。無理に石田館を攻めるより宇都宮との全面対決に向けて軍備の再編成を優先したかったからだ。
それに伴って俺は常備兵の設立を訴える。常備兵の概念を知らない家臣たちからはそういったものなのかという疑問が相次ぐ。その疑問に答えるようにまず常備兵がどういうものなのか説明する。
「常備兵とは恒常的に編成されている軍隊のことだな。農業の指揮もする今の我々と違って常備兵は戦のためだけに存在する。傭兵や招集兵と違って常に訓練し、戦に特化した兵士のことだ。常備兵の利点として練度の高い軍隊を持つことができる点と農繁期でも戦ができる点がある。一方で欠点としては常備兵の維持に金がかかるという点だ」
「その常備兵というのは御屋形様が以前からおっしゃられていた戦に特化した集団のことでよろしいのでしょうか?」
「ああ、それに単に武芸を鍛えるだけでなく兵站の土木もこなしてもらうつもりだ」
「具体的にはどのくらい経費がかかるのでしょうか?」
「導入した場合、最初は五〇人か一〇〇人あたりで始めるつもりだが、その人数でこのくらいか」
そう算出した費用を提示すると納得する者と難色を示す者、深く考え込む者に分かれる。
「これくらいならば問題ありますまい」
「しかしこれはあくまで導入時の金額だぞ。御屋形様は将来的に常備兵を拡大するおつもりだ。そのとき小山の財政で賄い切れるかどうか」
「そのときはそのときに考えればよかろう。農繁期でも動けると考えれば常備兵というものも悪いものではなかろう」
家臣らはそれぞれ意見を出し合っているが、彼らの焦点は常備兵の維持費に集中していた。それらを聞きながら俺はさらに話を切り出す。
「皆の意見はわかった。そこでだ、俺は新たな商いを始めてそれを財源に充てたいと思っている。これを見てくれ」
小姓を呼んで例の物を持ってくるように指示する。しばらくして小姓が持ってきたのは盤と石だった。
「これは碁ですかな。いや、何か違うような」
「碁に似てはおりますが、盤も石も違いますな。御屋形様、これは一体?」
すでに流通している碁とは少し違うことに気づいた家臣らはこれが何なのか見当がつかずにいた。それもそのはず、これはまだこの時代になかった代物を俺が作らせたものだからだ。
碁に似たものの正体、それはリバーシだ。以前から構想を考えていたが、そろそろ新たな商品が必要だと思い、落合帰りの谷田貝民部に設計図を渡して職人に作らせた。まだ試作品だけだが一応碁という見本があったのでリバーシの盤は比較的早く完成していた。
「これは碁に似て碁にあらず。やり方は簡単で白と黒の石を担当する両者が交互に盤面へ石を置いていき、最終的に盤上の石が多かったほうが勝ちだ。特徴は相手の石を自分の石で挟んだときは、相手の石を裏返すことで自分の石にすることができる。基本的にはこれがすべてだ」
やり方を説明しつつ、適当に興味深そうに見ていた家臣のひとりを選んで実際に打ってみる。初めは困惑していたが、やり方を理解しだすと真剣に盤を見てどう打つか悩みはじめた。最終的にルールを理解していた俺に軍配が上がったが、負けた家臣は非常に楽しんでいて見ていた周りの者も次は自分が打ちたいと立候補してくる。俺は家臣らをなだめながらリバーシの出来を伺う。
「どうだ、これは売れると思うか?」
「ええ、もちろん売れると思います。やり方が簡単なのにここまで奥深いとは。碁とは違った面白さがありますな」
「左様、もしこれが売られるのなら我が家でも是非購入したいものです。ところでこれはなんというものでしょうか?」
「名前か?そうだな、李馬士というのはどうだ」
リバーシもとい李馬士は家臣らに好評で俺はすぐに職人に盤と石を作らせる。そしてまず同盟相手の結城や佐野に送ってみて評価を見定めることにした。盤と石、そして説明書を送ってからしばらくすると両者からの反応が返ってくる。結城の義兄上と佐野の義弟殿の評価は高く、すぐに複数の購入を打診された。
この手応えをもとに今度は京や晴氏に新たな娯楽品として李馬士を献上する。すると碁と違った面白さがあるということで晴氏や京の公家たちが絶賛し、小山家に購入の打診が相次いだ。そして李馬士は一躍流行することになる。その売上は小山家の新たな財源となり、小山家の財政はさらに潤うのであった。
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