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闇夜を食らう業火

 下野国 上三川城 落合業親


 小山は落合での戦いの影響で多くの家臣を失いしばらく身動きがとれないという噂が上三川に広がっている。たしかにあの戦では小山にそれなりに打撃を与えたが、小山が動けなくなるまでかと言われると疑問が残る。しかし義弟の泰高はその噂を信じていた。その原因のひとつに中城の黒須彦左衛門がもたらした小山の寝返りがあった。その小山の人間から得た情報と噂が一致したということで小山が動けないことの信憑性が高まったと判断された。


 ただなぜ小山の人間が黒須を通じて寝返ったのか疑問が残る。黒須が小山に知見があるという話は聞いたことがない。それに泰高と不仲の黒須というのが正直引っかかる。もしや小山の人間が通じたのは罠で本当は黒須が寝返ったのではないか。


 とはいえ証拠はない。だから泰高には素直に噂を信じるのは危険だと忠告したが、泰高は宇都宮家が勝山城を落としたことで上機嫌となっていて儂の忠告を真剣に受け入れてはいなかった。泰高だけでなく他の者も噂を信じているため、むしろ儂の方が浮いてしまっている。儂の不安が杞憂に終わればいいが。


 数日後の深夜、儂は外から聞こえる喧騒に目を覚ます。はじめは兵士同士の喧嘩かと思ったが何か嫌な予感がしたので外に出てみると深夜にもかかわらず妙に明るかった。只事ではないと察してすぐに部屋に戻り、寝巻から着替えようとすると外から小姓の声がした。



「申し上げます。敵襲でございます。城に火を放たれました!」


「敵はどこだ?小山か?」


「二つ頭左巴の旗、小山でございます!」


「ちっ、やはりあの噂は偽りだったか。おい、部屋に入って支度を手伝え」



 小姓を部屋に入れて戦の支度を整えると妻子を起こして城が攻められ火を放たれていることを告げる。



「それは真でございますか?」


「残念ながらそうだ。お前は子供たちを連れていつでも動けるように準備していてくれ」



 妻は動揺していたが儂の目を見ると、覚悟を決めたように首を縦に振る。儂はそれを見届けると甲冑に身を包み、泰高のいる本丸へ向かった。


 本丸の泰高の部屋の前につくと泰高は甲冑を着込む最中だった。



「おお義兄上か!義兄上はどこまで事情を把握しておられるか」


「城を小山に攻められているようだな。火も放たれたとも聞いた」


「おおむねその通りだ。どうやら小山は搦手以外の三方に火を放ったようだ。すでに消火を命じたが風もありなかなか簡単にはいかないらしい」



 事態は思っていた以上に悪いらしい。泰高は儂が顔をしかめたことに気がつき、顔を俯かせる。



「すまない、儂が義兄上の忠告を聞いていれば」


「過ぎたことよ。泰高以外も皆警戒が緩んでいた。敵の方が一枚上手だったということだ」


「いや儂の責任よ。先の戦で落合を失ったにもかかわらず小山に痛手を与えたと勘違いした儂が悪い」



 すると泰高は顔を上げる。その表情は覚悟を決めたように見えて少し嫌な予感がした。



「義兄上、義兄上は姉上たちを連れて城から落ち延びよ。搦手なら敵がいないはずだ」


「馬鹿な、一戦もせずに逃げよと申すか」


「上三川城は長くはもたない。義兄上は今の宇都宮にとって必要なお方だ。ここで死なせるわけにはいかないのだ」


「なら泰高はどうするつもりだ」



 泰高を詰めると、彼は悟ったような表情でわずかに笑みを浮かべる。



「儂は城主として小山と一戦交えるつもりだ。もし勝てなければそうだな、長泉寺にでも籠るか」



 泰高はすでに城を枕にする覚悟を決めていた。その覚悟に儂は何も言えなかった。その様子に気づいた泰高は最後にこう告げた。



「義兄上、儂は義兄上と家族になれて幸せでございました。姉上のこと、よろしくお願いしたします」


「すまない、泰高……」



 儂は最後に泰高に頭を下げて本丸から離れる。本丸を出るまで儂は一度も後ろを振り向かなかった。


 自分の屋敷に戻るとすでに妻子は準備を済ませていたが、なぜか兵士が多い。一〇〇近くいるだろうか。聞けば泰高の命だという。泰高は兵士にも落ち延びるように指示を出していていたのだ。


 妻子を馬に乗せて儂らは上三川城の搦手へ向かう。搦手は泰高の言っていたとおり敵はいないようだった。そのまま搦手を抜けて上三川城の北へと落ち延びていく。北にはいくつか上三川城の支城があり、一番近いのは中城だったが儂が選んだのは石田館だ。石田館に向かう途中、ふと振り返ると上三川城は炎に包まれていた。その光景に妻は思わず泣き崩れ、兵士の中にも涙ぐむ者もいた。


 しばらく黙々と敵の追っ手に見つからないように進んでいると夜が明けはじめたのか少しずつ空が白んできた。そのわずかに明るくなった視界の先に軍勢の姿が見えた。一瞬小山かと思ったが、位置から考えて北から現れているのでその可能性は低いか。



「落合殿でよろしいか!」



 その大声は前方の軍勢から発せられた。兵士たちは顔を見合わせるとこちらに視線を向けてくる。どうするべきか悩んでいるようだった。儂は馬を前に出させて先頭に立ち、前方の軍勢に向かって声を張り上げる。



「如何にも儂が落合隼人正である!そなたたちは何者か?」


「おおやはり落合殿でございましたか!儂です、黒須彦左衛門でございます!」



 黒須彦左衛門だと。まさかの人物に儂は表情を険しくさせる。何も知らない兵士たちは味方だと安堵しているが、儂は黒須が味方だと思っていなかった。


 黒須は儂らを保護するために現れたと言い、奴の居城である中城へくるよう促す。



「申し訳ないが儂らは中城ではなく、石田館へ向かうことにする。黒須殿の配慮はありがたいが、今回はお引き取り願おう」


「なんと、なぜでございますか?」


「なぜだと?黒須彦左衛門、お主が小山に通じている疑いがあるからに決まっているだろう」



 そう言い放つと、黒須は一瞬顔をしかめさせたがすぐに笑顔に戻る。



「な、なにをおっしゃる。儂が小山に通じているなんて」


「ならばなぜ小山とのつながりがないお主が小山の人間の内通を受けている。あの後調べさせたが、お主は落合の砦が完成した頃から不審な行動を見せているというではないか」



 なおも弁明する黒須だったがこちらが確信していることがわかると表情を一変させる。



「見抜いておったか。ならば仕方ない。者ども、落合殿を討ち取れ!討ち取った者には褒美を与えようぞ!」



 黒須が号令すると奴の手勢がこちらに襲いかかってくる。完全にこちらを敵と判断したようだ。



「者ども、儂の妻子を連れて石田館へ向かえ!殿は儂が務める!」


「お前様!」


「すまんな、石田館でまた会おうぞ!早く連れていけ!」



 儂に縋る妻を無理矢理連れていかせると、儂は矢を番えて黒須目がけて放つ。矢は一直線に黒須に飛んでいくが途中で兵が盾になり、黒須までには届かなかった。


 それを合図に両者が激突する。こちらの兵は妻子の護衛に人数を割いたために五〇前後しか残っていない。対して敵は見たところ一〇〇は下らないだろう。



「ひるむな、逆賊に宇都宮武士の強さを見せつけろ!」


「ええい、敵は少数ぞ、早く討ち取るのだ」



 多勢に無勢とはこのことだろうが、不思議と儂は負ける気がしなかった。それは妻との約束か、それとも義弟の最後の命があったからか。矢を放っては近づく敵を薙ぎ払い、怒声を上げながら兵士たちを鼓舞する。


 その執念が通じたのか敵は明らかに怯え、遠巻きから矢を放つしかなくなっていた。



「落合様、今です。石田館へ行ってください!後ろは儂らが守ります!」



 兵士のひとりが儂の乗る馬の尻を叩くと馬が石田館の方角へ走っていく。儂が馬を操作しながら後ろを振り向くと残った兵士たちが壁になるように黒須の兵の動きを阻止していた。彼らはここを自身の最期の地と定めたことは明らかだった。儂は彼らの遺志を蔑ろにしないと心に決め、馬を必死に走らせた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 立場の違いはあれど、生死に迫る人間ドラマは胸を打つものがありますね。 [一言] 楽しく読ませてもらってます。 次回更新を期待してますね!
[気になる点] >「かねがねその通りだ。どうやら小山は搦手以外の三方に火を放ったようだ。 「おおむねその通りだ。」だと思います
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