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南武蔵の動向と評議

 一五二四年 二月 下野 祇園城 


 定期的におこなわれる祇園城での評議にて多くの重臣たちが祇園城大広間に集まり当主政長を待つ中、末席に普段の評議では見慣れない者が座している。


 その様子に何人かの者がどう扱うべきか困惑しているが上座に座している宿老たちが何も言わないのを見て、多くの者は不思議そうにしながらも声をかけることはしなかった。一部の者がたまりかねて声をかけようとしたとき、当主の政長が姿を現したことでそのまま評議が開催されることになった。


 政長が一度大広間を見渡してから口を開く。



「皆が言いたいことは理解できるが、まず重要な報告がある。先月に伊勢氏と扇谷上杉氏の間で合戦が起き、その結果扇谷上杉が敗れて上杉方だった武州江戸城が落城した」



 江戸城陥落の報せに広間にざわつく声が響く。


 太田道灌が築いた江戸城は品川湊を治めており、六浦を経て鎌倉に至る水陸の交通路があることから南武蔵において極めて重要な拠点のひとつであった。数年前の伊勢氏の侵攻以来劣勢だったとはいえ交通の要所である江戸城の失陥は扇谷上杉氏にとって痛恨の出来事だった。


 一方で伊勢氏にとっては江戸城を奪取したことによって事実上南武蔵を支配下におさめるだけでなく、上総方面の進出が可能になった。上総までの道が確保されたことによって上総・下総の国人たちは伊勢氏の圧力を直に受ける形となりそれは関東の名族千葉氏も例外ではなかった。またこの伊勢氏の勢力拡大はそれまで伊勢氏を外からの侵略者としてきた関東の国人や大名にとって看過できないことだった。主に下総と下野を支配圏にもつ古河公方に属する小山家にとっても他人事ではなかった。伊豆・相模・南武蔵を支配する伊勢氏の勢力は関東でも無視できないほど大きくなっていた。特に上総の小弓公方と対立関係にある古河公方にとって今後の伊勢氏の動向を注視せざるを得ない状況にあった。



「御屋形様、公方様はそれに対してどうなさるつもりでしょうか」


「今のところ具体的な話は出ていないが、筆頭家老の梁田殿によると小弓の動向次第になるそうだ。伊勢と小弓が対立すれば伊勢氏と手を結ぶことも選択肢のひとつかもしれないが、逆に手を結んできたら本格的に争うことにもなる」


「ふん、つまり現状はこちらから積極的に動くつもりはなく、小山家としても静観するということですかな」


「公方様の要請があれば動くかもしれんが、基本的にはそうするつもりだ」



 水野谷八郎の確認に政長が頷く。



「八郎殿は御屋形様の方針に何か不満かな。私見ではありますがこの方針は妥当なものと思われますが」


「別に不満だとは誰も言ってないだろう」



 八郎に噛みついたのは家老の細井伊勢守だ。八郎は煩わしそうに弁解するが、伊勢守はなおも食いつく。



「ならばそのような態度をとるべきではないでしょう。それではまさに不満があるようにしか見えませんぞ」



 事態はだんだんと不穏な空気へと変わっていく。伊勢守の指摘も尤もだとする者もいれば、逆に細かいことを気にするなと反発する者も出始めた。また八郎の態度に難色を示しつつも伊勢守を宥める者もいる。もはや伊勢氏の動きがどうこうというどころではない。



「双方そこまでだ。これ以上は本題から逸脱しておるゆえ不要な争いはやめよ」


「しかしながら八郎殿の態度は目に余りまするぞ。あのような真似を助長するのは主家の威厳に関わります」


「ふん、忠義者ぶるのも大概にせよ。お主も他人のことを言えぬではないか」



 政長が口論を止めようとするが伊勢守は頭に血が上っており、八郎もそんな伊勢守を火に油を注ぐように挑発を繰り返す。もはや評議どころではなく宿老たちの中には言い争いを止められない政長に呆れる者もいた。



「いい加減にせぬか貴様ら!この場が評議であることを忘れたのか!」



 甲高い声が一触即発の大広間に響き渡る。それまで怒声を上げていた者が一斉に静まり返り、その声の主へと視線を向けた。



「い、犬王様……」


「そもそも何故この場に犬王様がおられるのだ?」



 声の主である犬王丸に皆の注目が集まる中、政長が静かに告げる。



「皆がなぜこの場にいると疑問に思うのは無理もない。だが訳あって今回この儂が参加するよう指示したのだ」



 重臣たちが揃う評議に似つかわしくない幼き者。しかし今この場で最も存在感を示しているのは政長でも宿老でもなく、末席に座している犬王丸だった。




◇◇◇◇◇



下野国 祇園城 小山犬王丸


「訳あってとのことですが、何故この場に犬王様がおられるのか詳しくご説明していただきたい」



 俺の一喝によってようやく重臣たちが鎮静化したことで評議が再開したのだが、話題は俺のことで持ちきりだった。


 困惑する家臣たちを代表するように細井伊勢守が父上に説明を求めてきた。当たり前のことだが重臣たちが集まる評議に当主の息子とはいえ幼児を末席に座らせるのは前代未聞のことだ。自分が逆の立場だったとしても伊勢守のように困惑するだろう。


 父上は困惑する家臣たちに落ち着くよう諭すと、しばらくして俺が評議にいる理由を語りはじめた。



「今回儂が犬王丸に評議に参加するよう促した理由は他でもない。儂の息子だからということではなく、犬王丸が評議に参加するに値すると判断したからだ」


「御屋形様、それでは理由になっておりませんぞ。たしかに犬王様が聡明な麒麟児であることに疑いはありませぬが、それでもまだ元服どころか歳が五つにも達しておりません」


「しかもこの評議は小山の将来を占う重要な場ですぞ。どれだけ賢いとしても童が理解できる話ではない。場違いにも程がある」


「もしや御屋形様は儂らを愚弄しているおつもりか」



 聞こえてくるのは殆どが反発の声。ある意味当然のことである。現代の話に置き換えれば会社の重要な会議に社長の子供がうろついているようなものだ。参加者からすれば自分たちが軽んじられているのではないかと感じるのも無理はない。



「……そなたたちの言はわかった。つまり犬王丸はこの場にいるのに相応しくないというのだな?」


「恐れ多いですが、そのとおりかと。ですが我々も犬王様を軽んじていないということは理解していただきたい」


「儂もそなたらの忠信は疑っておらぬ。だが犬王丸がこの場に相応しいことが理解できれば、そなたたちは反対しないだろうな」



 父上、何故そんなに挑発的なのですか。家臣たちも益々困惑してるではないか。



「犬王丸、例の物を彼らにも見せよ」



 困惑する家臣を置いてけぼりにすることに罪悪感を抱くも父上からの命令には逆えず、廊下に待機していた弦九郎と近くにいた者たちにいわゆる例の物を運んでくるよう指示を出した。




「犬王様、こちらの見慣れない物は一体……?」


「ひとつは鍬か?しかし他は見当がつかぬな」



 大膳大夫を除く殆どが頭を捻らせるが目の前の物が何だか分からないようだ。



「犬王丸、説明せよ」


「ごほん、これらは私が職人たちに作らせた新しい農具でございまする」



 父上に促されて俺は目の前に並ぶ備中鍬、唐箕、千歯扱き、スコップを重臣たちにお披露目するのであった。

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