表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
169/344

上三川城を巡って

 下野国 祇園城 小山晴長


 芳賀方の飛山城を落とした宇都宮が息を吹き返してきた。宇都宮は飛山城を落とした勢いに乗って塩谷・那須に奪われた塩谷郡の城の奪回に動き出し、那須方になっていた鬼怒川を越えた先にある勝山城(かつやまじょう)へ攻め入ったのだ。勝山城はそれなりに守りが堅い城で城を守る芳賀高秀も宇都宮の攻撃にしばらく耐えていたが最終的に落城してしまう。勝山城の落城によって宇都宮は塩谷郡への進出を果たした。


 宇都宮の勝山城攻略及び塩谷郡への進出の報はすぐに祇園城にももたらされた。すぐに評議を開くと各支城から重臣が集まり大広間に参列するが、各砦の守将はさすがに持ち場を離れられなかったので不在となっている。


 宇都宮の進撃は小山の中でも脅威になっており、それぞれが険しい表情を浮かべていた。評議がはじまり、宇都宮の情報が共有されると八郎がまず声を上げる。



「悠長に構えていないで、今すぐにでも上三川城を落とすべきです」



 八郎の主張に幾人かの家臣らも賛同する。彼らは宇都宮が塩谷郡に夢中になっている間に上三川城を落とし、鬼怒川以西を支配したいと考えているのだ。彼らの意見はある意味正しい。しかしそんな彼らに対して異論を唱える者もいた。



「八郎殿の気持ちも理解できるが、我らは先の戦の傷が癒えていない。今すぐ戦といっても動員できる人数に限りがある。中途半端な人数では上三川城は落とせない。むしろ逆効果になるだろう」



 と平三郎。八郎のときと同様に複数の家臣たちも平三郎の意見に同意している。平三郎らは中途半端な人数で攻めるよりはまず準備を進めてから兵を揃えて上三川城を攻めるべきだと唱える。彼らの意見もまた正しい。


 初夏におこなった落合郷の戦いは想定以上に俺らに損傷を負わせていた。失った兵の補充もそうだが、今年度中に再び戦となると民への負担も大きくなる。しかし八郎たちの主張のように悠長にしていて攻める時期を逸するのは愚策だ。もし宇都宮が本格的に小山に攻め入ることになれば上三川城を攻めることも簡単にはいかなくなるだろう。その前に宇都宮城南部の最後の防衛拠点である上三川城は落としておきたい。


 だがしかし平三郎たちの言うとおり、今すぐ動員しても多くの兵を集めることができないのもまた事実だった。落合館で苦戦を強いられたことを考えても、中途半端な数で上三川城を落とせるかと言われれば簡単に首を縦に振れなかった。


 議論が白熱していく中、それまで静かに状況を見守っていた勘助が俺にある提言をしてきた。



「御屋形様、儂も上三川城を落とすべきだと思います」


「勘助はそう思うか。しかし平三郎が指摘するように動員できる兵は多くないぞ」


「問題ありませぬ。たとえ兵が少なくとも上三川城を落とすことはできます」



 勘助の発言に評議の場が一瞬で静まりかえる。慎重派はとにかく、あれだけ上三川城を落とすべきと主張していた主戦派の八郎すらも驚いて勘助の方を見ている。


 上三川城には城主の今泉泰高に加え、あの落合業親もいる。落合郷の戦いで煮え湯を飲まされたふたりを相手に兵が少なくても城を落とせると豪語した勘助に注目が集まる。八郎はぽかんとした表情で、平三郎は何を言っているのかと怪訝な表情で互いに勘助に視線を寄せている。



「勘助、今言ったことは真か?俺は余計なおべっかは好まないぞ」



 俺の問いに勘助は一切動じることなく口を開く。



「嘘は申しませぬ。上三川城は夜襲と火攻めで落とすことができましょう」


「火攻めに夜襲か。たしかに有効な一手ではあるが、それだけで本当に落ちるのか?」


「御屋形様のおっしゃるとおり、それだけでは不足でしょう。しかしこれをご覧いただきたい」



 そう言うと、勘助は懐から一枚の紙を取り出して、それを床に広げる。



「これは……地図か?」


「はっ、上三川近辺の地図でございます」



 その言葉に周囲がざわめく。上三川近辺の地図。なぜそのようなものを勘助が持っているのかと問おうとしたところで勘助が説明しだした。



「これは儂が落合砦を築いている最中に加藤一族の者にお願いして上三川近辺を探ってもらったときの情報を基に作成したものであります。偵察した加藤一族の者に確認してもらったところ、精度に関してはほぼほぼ正しいとのこと。これを使い城攻めしたいと思っております」



 周囲のざわめきは一層強まっていく。俺も高精度の地図に目を奪われていた。さらに勘助は続ける。



「それだけではございませぬ。今泉家に近い人間でこちらに通じやすい者も調べ上げました」



 驚くことに勘助は築城と並行して密通に乗りやすい相手まで探っていた。たしかに勘助には加藤一族の者を貸し与えていたが、まさかここまで使いこなせていたとは思わなかった。



「策略だけでなく密通しやすい人物まで調べていたとはな。俺はそんなことしろとは一言も言ってなかったが、今回は不問にしておこう。だがここまで用意周到に準備していたとなれば勘助の言葉を信じざるを得まい。勘助、今回の上三川城攻めはお前に任せるぞ」


「ははっ!」



 上三川城攻略を勘助に一任することで今回の評議は終了となった。中には不満を覚える者もいたかもしれないが、勘助は自身の言葉を行動で説得力をもたせており、それに文句を言える者はいなかった。


 勘助はすぐに行動に移す。まず密通に乗りやすい人物に接近し、交流を深めると同時に離反を促す。その人物は上三川城の支城である中城(なかじょう)の城主黒須彦左衛門(くろすひこざえもん)。彦左衛門は宇都宮に仕える土豪だが、自身を配下扱いしてくる泰高と不仲であり、少し囁くと勘助の調略に簡単に乗る。次に勘助は段蔵に小山は先の戦の消耗が激しく戦をする余裕がないという虚報を上三川城近辺に流させる。はたして本当に通用するのか少し不安だったが、それは杞憂に終わる。


 ここで鍵になってくるのはあの彦左衛門だった。彦左衛門は勘助と共謀して小山の人間が宇都宮に寝返ったと嘘の報告を泰高に挙げて段蔵が流した虚報に信憑性をもたせたのだ。彦左衛門の報告によると泰高は完全に虚報を信じ切っており、小山より宇都宮への増援に意識を向けているらしい。


 この報告を受けて勘助がついに動く。今泉に悟られないように兵を少しずつ募ると日が沈むと同時に落合砦へ向かう。今回は隠密性が問われるので出陣するのは勘助、平三郎、九郎三郎ら限られた武将のみで俺は祇園城で待機することになる。


 本当に一〇〇〇にも満たない兵で城を落とせるか不安だが勘助を信じるほかなかった。

もしよろしければ評価、感想をお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ