綻び
下野国 祇園城 小山晴長
落合郷の戦いから早くも三ヵ月が過ぎた頃、ついに落合館跡に築城した落合砦が完成した。砦の完成により勘助らが祇園城に帰還し、新たに守将として塚田左京進の跡を継いだ塚田備前守俊盛を向かわせた。
また祇園城に帰還した勘助だがこの三ヵ月で吹っ切れたのか表情に覇気が見えるようになった気がする。戦の直後は俺の叱責のせいでどこか浮かない感じだったが、今はそのときのような陰鬱な雰囲気は消え去っていた。
「砦の築城の件、真にご苦労だった。報告では聞いていたが今泉の襲撃を返り討ちというではないか。満足な兵を与えられなかったにもかかわらずこの戦果。築城に関わった者たちには何か褒美を出さねばな」
「では御屋形様、ひとつお願いがございます」
「おお勘助か。して何を望むか?家禄か?土地か?」
しかし勘助は首を横に振った。
「いえ、家禄も土地も欲しませぬ」
「ほう、どちらも欲せぬと。では何を望む?」
「某に婚姻の許可をいただきたいのです」
「婚姻?」
予想外の答えに俺は思わず聞き返してしまった。たしかに勘助は三〇を過ぎた今も独身だと聞いていたが、まさか褒美に婚姻の許可を求めるとは思わなかった。
「ごほん、婚姻か。たしかに他領の者との婚姻などは俺の許可が必要だが、いつの間に相手がいたのか」
「いえ、まだ相手はございませぬ。ただ民部殿の縁者の方と縁談をすることになりまして……」
「なるほど、それで婚姻の許可を。民部、その民部の縁者とやらは他領の者か?」
「いえ、生まれも育ちも小山の者でございます」
民部がここで嘘をつくとは思えない。おそらく本当のことだろう。谷田貝家は民部の代に重臣に格上げされたが傍流はまだ中級家臣だ。勘助は外様ながら重臣のひとりに名を連ねている。家格の面でも大きな問題はないだろう。
「そうか。では勘助に婚姻の許可を出そう。それでその娘とはこれから顔を合わせるのか?」
「その通りでございます。しかし儂のような出自が不確かな者の嫁になってくれるか不安ではあります」
「あまり己を卑下するな。勘助は俺によく仕えてくれた忠臣のひとりだ。自信をもて」
「ありがたきお言葉。それだけで不安が消え申した」
ところで落合砦の完成により落合砦と妙光寺成田砦は対上三川城の前線拠点となる。どちらも規模はそこまで大きくはないものの、落合砦は勘助の巧妙な縄張が、妙光寺成田砦は妙光寺を後詰として組み込まれており防御力は申し分ない。今後はこのふたつの砦を拠点にして上三川城を攻めることとなる。
落合郷の戦いの後、俺はまず戦傷者の慰撫を優先的におこなった。特に今回は重臣も戦死したのでその家督相続もあった。藤岡佐渡守の跡には嫡子の新五郎晴広が、島津隼人の跡には弟の禅六政丈が、細井大膳の跡にはまだ幼い六丸が継ぐことになった。六丸に関してはまだ元服前なので大膳の父である肥後守に後見してもらうことにした。
また重臣だけでなく一般の兵たちも戦傷者が多かったのでしばらくは兵を動かさずに内政に専念した。昨年の飢饉のこともあり、各地に設置してあった備蓄用の倉の増設や新たに領土とした落合近辺の開墾などを中心に推し進め、なるべく飢饉が起きても被害を最小限に抑えられるようにした。
一方その頃、下野国では各地で戦が勃発していた。笠間家という憂いを断った益子勝宗は宇都宮方だった祖母井吉胤の籠る祖母井城を攻め落とし、着実に勢力を拡大しつつあった。益子は北部へと前進しており、那須領と益子領に挟まれた宇都宮方の城を狙っていた。祖母井城の祖母井吉胤は宇都宮方の有力な重臣のひとりだったが、宇都宮からの救援の前に益子に攻め滅ぼされてしまった。これにより下野東部は那須と益子の支配が強まり、宇都宮の東部への影響力は弱まってしまった。
しかし宇都宮もやられているばかりではなかった。宇都宮俊綱が芳賀方の城で以前高経もとい道的が拠点としていた飛山城に攻め込んだのだ。飛山城を守るのは芳賀一族の芳賀左京という武将で、左京は籠城策をとって真岡城の道的・高照親子の救援が到着するまで懸命に死守するという選択をした。
飛山城は以前俊綱が攻略を断念した堅牢な山城だ。数で劣る左京のとった籠城策は理にかなっている。道的から飛山城救援の要請はきていない。自力でどうにかできると踏んだか、こちらに借りを作りたくないのか。どちらにせよ落合郷での戦いの傷が癒えてない小山が領土から離れた飛山城に向かうことはできない。俺は飛山城の攻防を見守るしかなかった。
俊綱、飛山城襲撃の報が入ってきてからひと月後のことだった。他城の伝令が慌ただしく祇園城に駆けこんできた。
「申し上げます。飛山城、落城とのこと!」
「もう落ちただと。芳賀は救援にこなかったのか?」
「そ、それが──」
話を詳しく聞き出すと、どうやら飛山城は宇都宮の苛烈な攻撃を前に真岡からの救援が到着する前に陥落してしまったらしい。道的親子率いる救援が到着したときには飛山城は本丸まで侵攻を許しており、道的親子は飛山城を見捨てるような形で兵を退かせた。
「ちっ、芳賀め、下手を打ったな」
芳賀の体たらくに思わず舌打ちしてしまう。
またこれはしばらくして判明したことだが、道的親子が飛山城の救援に向かう途中で中村城の中村玄角の奇襲に遭ってしまい、数日間足止めされていたらしい。もしそれがなかったら飛山城が落ちる前に救援が間に合っていた可能性があっただけに残念としか言いようがない。
飛山城落城によって芳賀は対宇都宮の最前線の重要な拠点を失うことになる。飛山城を奪われた今、真岡城までの進路が確保されてしまった。真岡城を守る支城はいくつかあるが、飛山城級の防御力を誇る城は皆無だ。これから芳賀は苦難の道を歩むことだろう。
そして飛山城を落とした宇都宮は息を吹き返しはじめた。
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