表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
165/344

落合郷の戦い

 下野国 落合郷 小山晴長


 落合館が燃え落ちる。幸い無風だったので館の火が城下に降り注ぐことはなかった。そんな黒く崩れ落ちた落合館を背景に俺たちは今後の方針について評議を開いていた。


 本来の目的である落合館の攻略は成った。評議では落合館跡に簡易的な砦を築いて一度退くか、このままの勢いをもって上三川城攻略に動くかというふたつの意見で大きく分かれた。



「やはり一度態勢を整えるべきです。今回の戦では少なくない戦傷者が出ております。残りの兵のみで上三川城を落とせるとは思えませぬ」


「何を言うか。落合館が落ちた今こそ上三川城を落とす絶好の好機だ。今すぐ上三川に兵を向かわせて城を落とすべきだろう」



 慎重論を唱える岩上九郎三郎に食いつくのは水野谷八郎。八郎曰く、一〇〇〇の兵があれば上三川城は落とせるとのことだが、正直俺はそう簡単に上三川城を落とせるとは思えなかった。上三川城は複数の曲輪があるとされ、落合館と比べて規模は雲泥の差。敵の数も影響するだろうが一〇〇〇の兵だけで落とせるほど柔な城ではない。一五〇〇いた兵も業親の善戦によって少なくない犠牲が出ている。果たして落とせるかどうか。


 そのときだった。ひとりの伝令が本陣に駆け込んできた。



「申し上げます。上三川城方面にて敵の軍勢を確認。こちらへ向かってきます。その数およそ八〇〇!」


「なんだと?」



 また旗印を確認したところその軍勢は上三川城の城兵に違いなかった。俺はすぐに各将に配置につくように命じて、戦の準備を推し進める。



「勘助はどう思う?」



 俺は静かに状況を見守っていた山本勘助に声をかける。勘助は一度思案すると顔を上げる。



「落合館の後詰にしては遅すぎるかと。ただ敵の動きを察するに、おそらくあの火の手が何らかの合図になったかもしれませんな。これは憶測でございますが、落合は我らを火攻めするつもりだったのでしょう。そして上三川城の兵は火攻めに混乱した我らを追撃するためのもの」


「勘助もそう思うか。となると、奴らは策が成ったと勘違いした可能性があるということか。ならこれは好都合。わざわざ城から出向いてくれたのだ。返り討ちにしてそのまま上三川城を落とすぞ」



 幸い敵の数はこちらより少ない。落合郷は平地であり小山の軍勢は田川を背にして魚鱗の陣で構える。


 対する敵も魚鱗の陣を敷いていたが小山の軍勢が健在な様子に動揺しているようだった。その隙を見逃さず、俺は法螺貝を鳴らさせて攻撃を命じる。


 法螺貝を契機に互いに矢が飛び交い、徐々に両軍の距離が詰まっていき、やがて先陣同士がぶつかり合う。


 異変が起きたのは両軍の激突から四半刻も経っていない頃だった。突如今泉の軍勢が一斉に上三川城方面へ退却しはじめたのだ。



「なに、もう崩れたのか?敵の士気が低かったのか?」



 本陣から様子を見ていたが間違いなく敵は後退していた。瓦解したのかと一瞬思ったが、なぜか違和感が頭から離れなかった。



「これは、まさか……」


「勘助?」


「御屋形様、すぐに兵を引かせてください!」



 勘助が血相を変えて大声で怒鳴る。そこで俺もようやく気づいた。



「しまった。これは罠か。皆の者、罠だ。深追いするな!」



 すぐに先陣に止まるように命令したが、少し遅かった。先陣は功を焦ってすでに深追いしていたのだ。そのため小山の陣形は縦に間延びしていた。そこを突くように突如側面から矢が飛んできた。



「申し上げます。北から敵の伏兵を確認。落合の旗です!」


「馬鹿な、北からだと!?どこにそんな兵が隠れていた!?」


「く、熊野神社からでございます!」



 熊野神社だと。落合館の北東に位置する熊野神社は本陣より若干距離が離れていた。だから見逃してしまったのか。それに落合の旗とは。まさか業親は上三川城ではなくて熊野神社に姿を眩ませていたのか。


 後悔するも時すでに遅し。業親の奇襲によって小山は一気に混乱に陥ってしまった。そして業親の奇襲に反応して後退していた今泉の軍勢が反転し、深追いしていた先陣に襲いかかる。突然の反撃と側面から奇襲によって先陣も浮足立ってしまう。


 これはまさか薩摩の島津が得意としていたという釣り野伏せか。


 すでに戦は小山の本陣に矢が飛んでくるほどの乱戦となった。まだ戦線は崩壊していないが、このまま手を打たずにいれば遅からず総崩れするだろう。



「慌てるな!まずは側面の落合を排除するのだ。落合の手勢は少数ぞ」


「御屋形様、某が落合を討ちにいきます。何卒ご命令を!」



 そう声を上げたのは弦九郎だった。ふと弦九郎はこの間嫁を迎えたばかりだということを思い出す。それでも一目散に声を上げた彼を無下にできなかった。



「ならば栃木と本陣の兵一〇〇を連れていけ!」


「一〇〇もですか!?」


「なに、側面が破れれば本陣にいくらいても負け戦に変わりない。ならば本陣を削ってでも落合を討つしかあるまい」



 これは賭けだ。これで落合を阻止できなければこの戦は負けだ。背後に田川があるため撤退も簡単にはいかない。もしかすると俺もこの場で屍を晒す羽目になるだろう。


 それでもできる手は打てるだけ打つ。やれることをやるだけだ。


 弦九郎らが出陣すると手薄になった本陣を見て俺は笑う。ここまでの窮地は初めてだ。


 勘助らと目が合う。彼らの誰もが目に闘志を失っていなかった。



「よし、このまま本陣を押し上げる。皆の者、死力を尽くせ!」


「「「「「ははっ!!!」」」」」

もしよろしければ評価、感想をお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 窮地の時にこそ人の真価は顕れる。 この窮地を乗り越えたら、家臣からの主人公への信頼と忠誠は益々うなぎ登り間違いなし! 敵の城以上に、家臣達の心を落とせれば、これは二重に戦果の大きい戦にな…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ