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芳賀道的と益子と笠間

 一五三六年 下野国 真岡城 芳賀道的(高経)


 小山と宇都宮の和睦が破られた。それも宇都宮側からと聞いて儂は笑みを浮かべるのをやめられなかった。宇都宮が公方様に懇願して成った和睦を当の宇都宮が破る。公方様の怒りは相当なものだろうし、宇都宮は公方様からの信用を失った。


 だが喜べるだけではない。小山と宇都宮の和睦の中には小山によって宇都宮と芳賀の停戦が含まれていた。おかげで早急に宇都宮に攻められることを避けられていたわけだが、今回の和睦の決裂によって停戦もなかったことにされる。小山の若造からも宇都宮の動向を警戒するよう呼びかけられた。そんなこと言われなくてもわかっていたが、今の状況で小山を下手に刺激することは阻まれた。和睦が破れたことで宇都宮も我らを再び目の敵にするだろう。


 儂は自ら使者としてすぐに真岡城に近い益子城の益子信濃守殿のもとへ赴くことにした。家督を倅に譲り、出家した身だからこそできることだ。


 益子殿は儂と同時期に宇都宮に反旗を翻しており、八木岡を討つなど独自の勢力を築き上げていた。今回赴いた目的はその益子殿と手を結び、攻めてくるだろう宇都宮に共に対抗していくためだ。今まではそれぞれが独自で対抗してきたが今後のことを考えると手を結んで共闘するのが良いと判断した。



「これはこれは、まさか道的殿自らお越しになられるとは」


「信濃守殿とは是非直接会いたかったですからな。倅には止められましたが今の儂は当主を下りたただの身軽な隠居爺ゆえ」


「はっはっは、それは羨ましい限りですな。儂もいい歳ですがまだ倅らが頼りなくて隠居はまだ先になりそうですわ。三男は見どころがあるんだがな」


「さて本題に入るといたしますかな。率直に申し上げて我らと正式に手を結びませぬか?」


「なるほど。たしかに道的殿に同調して兵を挙げましたが、我らと芳賀との間には正式な同盟が組まれていませんな。正式に手を結ぶことはこちらからしても願ったり叶ったりですが、何か事情がおありのようで」


「ふむ、信濃守殿には素直に話しておくべきでしょうな。信濃守殿は先日小山と宇都宮との和睦が手切れになったことはご存知か?」


「噂には」


「実はあの和睦の条件として宇都宮と芳賀の停戦も含まれておりましてな」



 そこまで言うと益子殿は合点がいったかのように表情を改める。



「なるほど、宇都宮との戦に備えてですかな。芳賀ひとりでは対抗できないと踏んでこの儂を頼りにきましたか。よろしい、我らも宇都宮に逆らった身。互いが生き残るために是非手を結びましょうぞ。しかしひとつ問題がありましてな」


「常陸の笠間ですな」



 そう指摘すると益子殿は首肯し、溜息を漏らす。



「笠間は宇都宮の一門。奴らをどうにかしない限り、我らは常に南北からの挟撃に悩まされることになりまする」



 常陸の笠間城を治める笠間家は宇都宮家の一門で昔は独立した勢力だったが今は宇都宮に服属している。先々代の孫四郎資綱の頃に宇都宮への謀略が露見して孫四郎は没落し、笠間家の家宰寺崎出羽守が笠間家を守るために宇都宮への臣従を誓っていた。先代綱広は若くして病を得たのですでに出家しており、今は若い孫三郎高広が当主を務めている。



「たしかに笠間家を放置にはできませぬな。なんとかこちら側に引き込ませることができればあるいは……」


「引き込む?滅ぼすのではなく?」


「笠間も力のある一族、滅ぼすのは難しいでしょうな。しかし笠間は今でこそ宇都宮に服属していますが、もとは独立志向が強い家。それに当主の孫三郎殿は先々代の没落以降笠間家を牛耳っている親宇都宮派の寺崎出羽守と反りが合わないと聞いています。そこにつけ入る隙はあるかと」


「ふむ、儂には謀略とやらがさっぱりだが、道的殿が言うのであれば可能性はあるのでしょうな」


「ええ、一度揺さぶりをかけてみて、もし引き込むことができれば益子殿も南を気にすることなく動くことができますぞ」



 正式な起請文は後日取り交わすことになるが益子との同盟は無事に成立した。益子殿も笠間の件や中村攻めの失敗もあって同盟に前向きだったのは助かった。芳賀が小山や那須ともつながっていることを明かすと益子殿は益子もそこに加わることができてよかったと豪快に笑った。


 芳賀と益子の同盟を成立させた後、儂は益子殿にも言っていたように笠間に揺さぶりをかけていた。笠間家の重臣で反宇都宮派である路川大和守という人物に接近し、彼を通じて笠間孫三郎へ密書を送る。孫三郎は寺崎と反目している路川を重用しており、路川からもたらされた儂からの密書を簡単に受け取った。


 密書には近年の宇都宮の凋落ぶりの指摘と笠間家が寺崎に牛耳られていることに同情する旨を記していた。


 路川によると孫三郎は先代の出家に伴い若くして当主の座に就いたが、実権は孫四郎の代から笠間に仕え続けていた寺崎に握られていたらしい。また寺崎は孫四郎の謀略が露見した際に笠間家存続のために宇都宮に臣従することを決断したことで家臣からの信任も厚かった。しかしそれが孫三郎の寺崎への不満を高まらせた。


 そこに宇都宮に反旗を翻した芳賀からとはいえ、孫三郎を支持する文面を見れば孫三郎も悪い気はしないだろう。この若き当主を落とすことができれば芳賀にも益子にも大きな恩恵を得ることができる。儂は笠間への手応えに薄ら笑いを浮かべた。

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