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飢餓の前兆

 下野国 祇園城 小山晴長


「水無月に入ってから雨が止まないな。例年以上に降っている気がするぞ」



 祇園城の大広間から外の様子を窺うが雨は止みそうにない。むしろさらに雨足が強まってきている。城の外は大きな水たまりがいたるところにできており、門番ら兵士は蓑に傘を身にまとっている。空はどんよりと暗く沈んでおり、しばらく雨が続きそうだった。



「しかし困りましたな。このままでは作物にも影響が出てしまいます」


「それもその通りだが、それよりも問題は思川がこの長雨の影響で氾濫しないかだ。もし堤防が決壊するようなことがあれば作物だけでなく民にも大きな被害が出るぞ」



 思川は上流の水量が少ないせいか一度大雨などで水量が増えると一気に増水してしまうことが多かった。長年の河川工事のおかげで堤防の改良、支流や遊水地の開発などが進んでおり、以前ほど氾濫の危険は下がったとはいえこれほど雨が続けば不安にもなる。とはいえ今の段階でできることは遠くから川の状態を見張るくらいにしかできない。



「まずいな、下手すれば今年は飢饉になるかもしれん」



 飢饉という言葉に弦九郎以下家臣たちがざわめきだす。



「御屋形様、それは真でございますか?」


「まだわからんがな。だが、この雨が続けば作物に影響が出るかもしれない」



 幸い思川が氾濫することはなかった。しかし川は大幅に増水し、領民の中にはその増水した川に呑まれた者が出てしまった。そして長い雨季が過ぎて夏を迎える。だが長い雨が続いたせいか今年は気温が上がらず冷夏になってしまっていた。


 夏にもかかわらず朝は冷えて半袖で過ごすのは寒いくらいだ。日中は多少気温も上がるが、やはり夏にしては涼しく風もやや冷たい。



「今年は冷夏か。これでは本当に飢饉になりそうだな」



 俺はすぐに家臣らを招集し、今後の起こるであろう飢饉に備えて対策を練ることにした。飢饉が起きて領民が飢え死になってしまえば小山領で田畑を耕す者がいなくなり作物の収穫量も減る。さらに耕されなかった土地は荒れてしまう。民がいなくなれば俺たち武士も戦どころか生きることすら難しくなっていく。だからこそ民への被害は最小限に留めなければならない。



「この冷夏では飢饉が起きるのはほぼ間違いないだろう。今のうちに対策を立てなければ手遅れになる。誰か意見はあるか?」



 声が多かったのはやはり年貢を減らすというものであった。しかしそれだけでは不十分だ。



「年貢の引き下げだけでなく、非常用の倉を解放することにする。あれはこういったときのために作ったものだ。規模によるが一年はもつかもしれん」


「御屋形様、他国から米を購入するのはいかがでしょうか?」



 家臣のひとりがそう声を上げる。



「それは俺も一度は考えたが、この冷夏で他の者も飢饉がくることを察知している。相場の倍を出しても米を売ってくれるとは思えん。最悪買えたとしても今度はその土地で米が不足するだけだ。そのときに目の敵にされるのは買い占めた小山になる。周囲に余計な反発を生むようなことはできない。もし小山が大陸と近ければ大陸から買うことができたんだが、物事はそう上手くはいかないな」



 あとは焼け石に水かもしれないが、焼酎の製造を一時的に止めて、その分の米を非常用に回すという策も立てた。焼酎の利益を失うのは痛いが、飢饉が起きれば金があっても食糧が買えない事態になるのだ。噂によれば京は日照りに、美濃は大雨で甚大な被害が出ているという。飢饉もおそらく全国規模になるだろう。日本中で飢饉が起きれば必ず食糧は足りなくなる。


 そしてそれは現実のものになった。冷夏の影響か、作物は軒並み不作となり収穫量も例年の何割かまでに落ち込んでいた。民たちは満足に年貢を納められないことに戦々恐々していたが、飢饉を受けて年貢の減額と非常用の倉の解放を伝わるとほっと安堵していた。特に近隣の宇都宮領では飢饉にもかかわらず重い年貢が課されているようで村人たちが逃散する事態に発展していたらしい。


 また小山領で蕎麦などの非常用の作物の栽培を奨励していたことも功を奏していた。おかげで小山領の民は近隣のように来年用の種籾を口にする事態は免れた。


 だがそれが新たな問題を生み出す。噂を聞きつけて他領から逃散してきた難民たちが小山領に集まりだしてきたのだ。おそらく小山領なら飢えずに済むに違いないという認識でやってきたのだろう。しかし小山には難民を受け入れる余裕なんてなかった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新ありがとうございます この時期の飢饉は天文の飢饉でしょうか?
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