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京からの文

 下野国 祇園城 小山晴長


 家族で川の字で眠った翌日、さちは決心がついたようで城を出発するまで涙ぐむことはなかった。母上もいぬも輿に乗せられて祇園城を去るさちを見えなくなるまで見送る。ふたりは最後まで泣くことはなかった。


 さちが佐野家に嫁いでいってから数日後のこと。少々珍しい人物から文が届いた。差出人は清原業賢。京の公家であり、生前父上と親交が深かった清原宣賢の嫡男だ。


 清原家とは京からの情報や融通を効かせてもらう代わりに資金援助をおこなっている関係だ。宣賢は五、六年前に大徳寺で出家しており、今は嫡男の業賢が清原家を継いでいた。


 文によると援助した資金の他に清原家を通じて広めた石鹸や焼酎の評判が良いそうで清原家の家計も大分楽になったと感謝の意が示されていた。


 以前帝に献上した効果もあり、今の京では公家の間で石鹸と焼酎は高い評価を得ていた。特に焼酎は澄んだ強い酒精ということもあって焼酎を周囲に振る舞うことが一種の流行になっているらしい。小山家を通じて焼酎を仕入れている業賢のもとには多くの公家が押し寄せることもあったという。


 また石鹸と焼酎の評判は公家だけでなく、京を支配する武家にも届いていた。前年に将軍足利義晴が入京しており、在京のまま義晴を支えている細川晴元も石鹸や焼酎に関心を示していたようで、清原家を通じて大量の注文が入っていたことも記されていた。



「さすがは近畿の大大名細川家よ。一度に大量に仕入れるとは相当値が張るぞ。幸い在庫は足りたみたいだが、残りの数が少々心細くなったな」


「なんと。それではかなり稼げたのではないでしょうか?」


「清原家の取り分を除いても十分な額になりそうだ。戦費が賄えるほどにな」



 それに中央の武家とつながりを得ることができたのも大きい。京を巡ってはいくつもの勢力がしのぎを削っていたが、今回は義晴以前に勢力を張っていた足利義維が抗争に敗れて堺から淡路に没落したことでしばらくは義晴政権は安泰になるはずだ。その政権を支える細川家もまた権力闘争に巻き込まれなければ京を支配することだろう。必要以上に付き合うつもりはないが、小山の商品を購入してくれる間は良い関係でいたいものだ。


 文にはまだ続きがあった。これらのこともあって業賢の朝廷内の立ち位置もさらに良くなったようで、業賢は小山家に多大な恩を感じていた。そこで清原家と小山家の親交をより深めるために縁談を結ばないかという提案が記されていた。


 俺はこの提案にしかめ面を浮かべてしまう。俺の表情を察したのか資清がどうかしたのかと尋ねてきた。



「いや、縁談の提案が書かれていたんだがな……」



 正直俺は中央の動向や交易の面において清原家は必要だと考えていたが、京の文化に通じていた父上ほど清原家とは親密ではなかった。たしかに今後のことを踏まえても清原家とつながりを強めたい気持ちは理解できる。しかしさちは佐野家に嫁いでいるし、いぬも立て直しつつあるとはいえ、生活が苦しい清原家に嫁がせるのは気が引けた。業賢には娘がいたがまだ幼かった気がするし、まだ富士が子を産んでもいないのに側室をとるつもりもなかった。



「うーん、駄目だな。どちらにせよ縁談はまだ時期ではないな」


「左様でございますな。御屋形様も乗り気ではないですし、急ぐ話でもありますまい」



 資清の意見に他の家臣も同意する。


 業賢には悪いが縁談は時期尚早として断ることにしよう。業賢もまだ老いるような歳でもないし、時期がくれば縁談を結ぶこともあるだろう。清原家が没落すれば話は変わるが。


 これで京からの文が終わったと思ったひと月後のことだった。再び京から文が届く。業賢からだとしたら早すぎるし、誰からだと思えば今度は宣賢の三男で吉田家の家督を継いでいた吉田兼右からだった。俺はあからさまに面倒な表情を浮かべてしまう。


 この兼右、というより吉田家だが些か小山家にとって面倒な一族なのだ。この吉田家は吉田神道もとい唯一神道という流派を唱えているんだが、この際の講釈に些か問題があって小山家が信仰している伊勢神道から反発されているのだ。


 しかも今回の文には伊勢神道から唯一神道に鞍替えしてほしいという内容で伊勢神道を信仰している小山家にとって余計なお世話だった。俺は唯一神道の問題について認識しているので鞍替えする気にもならないし、唯一神道のことを快く思っていない。しかし宣賢が後見し、朝廷や武家に多くの支持者がいるのもまた事実で、ぞんざいに扱うことも難しかった。



「はあ、これで何度目だ。毎回断っているのに面倒なことだ。小山家がどれだけ佐八殿に世話になっているのかわかっているのか」


「わかっていないのでしょう。それに小山家に鞍替えさせようとする理由は焼酎や石鹸の利権欲しさでしょうな」


「京に限っては噛ませているのは清原家のみだからな。当主の弟とはいえ吉田家には噛ませるつもりはないんだが」



 溜息をつきながら丁重に勧誘を断ることにする。京からの文は関東では手に入らない情報が得られる代わりに息が詰まってしょうがない。これなら坂東の武家とやりとりする方がはるかに気楽だ。将軍はこんな大変な世界で暮らしているのかと思うと元々そこまでなかった中央への憧れはなくなっていった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 北条氏などからの視点とことなる群雄割拠していた小山氏等の視点で、ほとんど知らなかったことばかりで、興味深く読ませてもらっています。 [気になる点] 緻密に書かれているのですが、少しスピード…
[良い点] 面白かったです。
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