和睦のちに
一五三五年 下野国 祇園城 小山晴長
昨年は春に上総、夏に宇都宮に侵攻したことで大きな戦を繰り返す一年になってしまった。幸いにも秋から冬にかけては晴氏の仲介によって宇都宮と和睦したことで平穏な時間を過ごすことができた。
対する宇都宮は那須が撤退し小山と和睦できたものの、芳賀侵攻の計画は潰され、益子や塩谷が健在なため、忙しなく動かざるを得ない年末を過ごしたようだ。芳賀の存在が邪魔して未だに益子や塩谷を討伐できないでいるらしい。農閑期にも出兵したようだが、多くは動員できずに痛み分けで終わっている。塩谷郡と益子地域は完全に宇都宮の手から離れているようで昨年までに奪回することは叶わなかった。
小山は唯一の敵対勢力である宇都宮と和睦したことで今は民と兵を休ませている。さすがに春と夏に戦をすれば民への負担が大きいのでしばらくは戦を控えるつもりだ。それにさちの輿入れも控えているのでその準備もある。
昨年は小山領での戦闘はなかったので農作物が青田刈りに遭うことはなかった。だが兵糧の余裕はそこまでなく、多功城らを短期で落とせたのは大きかった。この兵糧の問題は二度の大きな戦と春の上総遠征が原因でその負担は相当なものだった。小山領では年貢を四公六民に徹底させているので戦が続くと他家と比べて兵糧は苦しくなる。ただその代わり金銭はあるので余所から米を買い集めることはできる。年貢を上げる選択肢もあったが重税をとったところで民が飢えて逃げてしまえば意味がない。一時的に年貢を上げるのは本当の最終手段だ。
戦のない束の間の平和。しかしだからといって何もしないわけではなかった。俺は段蔵ら加藤一族にある指示を出していた。
「村に対する調略ですか?」
「ああ、さすがに宇都宮の家臣に手を出すにはいかないからな。なに、そんな露骨な真似はしない。ちょっとだけ耳元で囁くだけさ」
段蔵らに命じたのは宇都宮と小山の領土の境目にある村や上三川城下の村への調略だ。具体的には宇都宮が戦のために重税を課している状況を利用して宇都宮より小山に納めれば年貢がはるかに安くなることを広めさせる。
城下の村は違うが領土の境目にある村は両勢力の影響を受けるので村を守るためにどちらにも年貢を支払うことが多い。例えば今回和睦の舞台となった妙光寺付近の村がそうだ。これらの村は以前までは宇都宮の支配圏だったが小山が多功城を落としたことで今年から小山にも年貢の一部を支払うようになった。
年貢を取り立てにきた代官によると村人は当初小山の人間に怯えていたそうだが、年貢が四割だということに驚いていたらしい。収穫の四割も軽くはないが、宇都宮や多功はそれなりに重い年貢を課していたようで村人らは信じられないという風な面持ちだったらしい。しかも宇都宮はさらに年貢を重くしたようで村人によると八割ほどに持ってかれる予定だった。しかし小山の方がはるかに安いと知ると村長は小山の支配下になることを望んで小山のみに年貢を払うことに決めた。
このことを知った俺は段蔵らにこの話を周囲に広めさせて他の村も続くように仕向ける。境目にある村々が小山のみに年貢を払うことになれば宇都宮は年貢を取り立てることもできず影響力も落とすことになる。さすがに昨年のうちに境目にある全ての村を小山に取り込むことはできなかったが、段蔵らが噂を広げてくれたおかげで上三川城下の村まで小山の年貢の方が安く、宇都宮は更なる年貢を取り立てようとしているという話が届くようになった。
村人も愚かではない。安い年貢を納める場所があるのに自分たちを飢えさせるつもりのところにわざわざ年貢を支払うようなことはしない。今年の動向次第になると思うが、今の状況のままなら多くの村が宇都宮から小山に庇護を求めるだろう。村が宇都宮を排除して小山に併合したならば、それを口実に村に兵を置くこともできるようになる。
もし宇都宮側が文句を言ってきたとしても小山としては庇護下に置いた村を守るのは当然のことと跳ね返せばいい。あくまで村が自主的に小山の庇護下になっただけであり、和睦を破ったことにはならない。それでも文句があるなら小山並みかそれ以下の年貢に設定すればいいと言っとけば向こうもこれ以上何も言えなくなる。小山並みの年貢にすれば再び宇都宮に年貢を支払うかもしれない。しかし戦続きで財政が苦しい宇都宮にはできない選択肢だった。
やがて宇都宮が対塩谷・益子で戦を続けるようになるが冬が明けると一度烏山城に戻っていた那須高資が再度塩谷郡に侵攻しはじめる。那須・塩谷連合が再び塩谷郡の制圧に動くと宇都宮もそれを阻止せんと出兵せざるを得ない。そのため宇都宮は春に年貢をさらに重くすることを決定する。宇都宮城下に潜伏していた加藤一族のひとりがその情報を得るとすぐに俺のもとに報告が入る。
「しめたな。段蔵、この情報をすぐに周囲の村に広めろ。そして小山の方が年貢が安いうえに未亡人にも手厚く仕事を斡旋すると煽れ。上三川城下の村まで広めさせて村が自主的に小山に庇護を求めるように誘導しろ」
仕方ない戦況とはいえ、宇都宮が重税に舵をとってくれたのはありがたいことだ。あとは宇都宮は民を飢え死にさせても戦を続けるつもりだと言いふらすとしよう。なに、宇都宮のことも小山の年貢のことも嘘は言っていない。多少宇都宮のことで誇張があるかもしれないが、小山の年貢が安く、未亡人にも仕事を斡旋することは事実だ。悪いのは負けが込んで年貢を重くしなくてはいけない宇都宮だ。俺は小山の年貢が安いとしか言っていない。そして選んだのは村人たちだ。その結果、小山の支配圏が広がっても俺は何も悪くはない。
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