富士姫と妹
しばらく体調を崩していました。久々の投稿です。
下野国 祇園城 小山晴長
仕事がひと段落したこともあり、俺は富士に会いにいくことにした。ここ最近忙しかったせいで会話する機会も減っていた。部屋に着くと富士は妹たちと話を咲かせていた。
「あら小四郎様」
「おっと話し中だったか。一度出直そうか」
「いえ大丈夫です。ちょっと雑談していただけですから。いいよね、さちちゃん、いぬちゃん」
妹たちに確認をとるとふたりは名残惜しそうにはしていたが渋々納得する。それでもその場には残りたかったようで俺は富士と妹たちと他愛もない話をすることにした。
「富士が妹たちと仲が良さそうでよかった。俺が忙しいせいでふたりには寂しい思いをさせているからな」
「ふたりともいい子ですよ。ここに嫁いできた私を温かく迎えてくれるだけでなく懐いてくれますし。実家では妹がいなかったのでふたりみたいな妹がほしかったんです」
富士が妹たちの頭を撫でるとふたりとも少し恥ずかしそうにしていたが気持ちよさそうにして頭を手に押しつけてくる。こうしてみると本当に仲の良い姉妹のようで嫉妬よりも微笑ましさが上回ってくる。富士にもなかなか構えないことがあるのでこうやって妹たちとの仲が良好なのはいいことだ。
「それにしてもふたりともしばらく見ないうちにまた大きくなった。いや、大人になってきたというべきかな」
さちもいぬも十二歳を過ぎてから少しずつ少女から大人へと変貌しつつあった。現代の価値観が残っている俺からしたらまだ子供にも見えるが、この時代においてふたりとももう立派な結婚適齢期に入っている。
「ねえ、兄上。私たちの嫁ぎ先ってまだ決まってないの?」
自分たちの話があまり入ってこないことが気になったのか、さちは若干不安そうに俺に尋ねる。
「嫁ぎ先か。正直まだふたりの話は決まっていないな。近隣は敵対勢力が多いし、同盟を結んでいる結城は義兄上の子に男児がいるがまだ幼い。他の有力国人ではふたりの年齢に合う子がいないしな」
「あの子ってまだ赤子じゃない。さすがに十以上も年下は勘弁してほしいわ」
「わかってるさ。さすがに歳の差がありすぎるし、そもそも結城とは俺が富士を娶っているからこれ以上の婚姻する必要性もそんなにないからな」
結城以外のこちらと敵対していない有力国人も候補に挙がってはいるが、どうしても歳の差が大きくなかなか年頃の相手が見つからない。
「問題は歳の差なんだよな。ふたりにはできれば正室として嫁いでほしいのとひとまわりふたまわり年上に嫁がせたくないというのがあるからな」
「兄上、歳が近い人だとどういった人がいるのかしら?」
「純粋に歳が近いと公方様だろう。だが公方様には簗田の正室がいるし、新たに側室を娶る話もあるらしい。その中に妹を送るのはこちらとしては回避したいところだ」
晴氏の側室に妹を送るのは頑張れば不可能ではないだろう。しかしそれに見合う利点があるかといえば否だ。正室には簗田の娘がいるし、新たな側室の話もある。それに古河側とはいえ外様の小山から送り込まれた妹が無事に過ごせるかという不安もある。小山も力をつけているとはいえ、まだ下野の一部を支配しているに過ぎない。古河の政争にわざわざ巻き込まれていく必要はない。
「あとは佐野の嫡孫殿が比較的近いな。歳は二十半ばだった気がするがまだ正室は迎えていないという。あとはその弟か。ただその弟はまだ幼い。他は……そうだ、最近家督を継いだという芳賀殿の嫡男がいたな。あれは俺のひとつ下だからさちと同い年だな」
芳賀は相手としては悪くないが、今の情勢だと些か厳しいか。芳賀が滅びるとまでは思っていないが、今のままならばやがて宇都宮に敗れてしまうだろう。せめて勢力が拮抗すれば考えないことはないが、高経が妹の舅になるのはちょっとあれだ。
一応嫁ぎ先の話で盛り上がったが、正式な打診はまだないということで結局この話は一旦終わりとなった。俺としても妹たちを嫁ぎ遅れにしたいわけではないのでそろそろ相手を決めないといけない。とはいえ妹を不幸にもしたくないので相手はじっくり考えて選びたい。
そんなことを考えはじめてから数日後、話題に挙がっていた佐野家の使者が祇園城を訪ねてくる。使者は一枚の書状を取り出すと俺に差し出す。その書状を受け取り、開いて中身を確認すると、そこにはある提案が記されていた。
それは佐野家と小山家の正式な同盟締結、そしてそれに伴う縁談の申し出だった。
相手はそれこそ話題に挙がった当主佐野秀綱の嫡孫である小太郎豊綱。話によると豊綱には昔婚約していた女性がいたというが、その女性は嫁ぐ前に病死してしまったらしい。それ以来女の気配がない豊綱を案じて祖父の秀綱は同盟を名目に小山の姫を豊綱の嫁に宛がうつもりのようだ。
佐野家との同盟は小山家にとって悪くない提案だった。それまで不可侵ではあったがそれは正式なものではなかった。佐野も西の足利長尾と争っているため東の小山とは敵対したくないと考えているようだ。小山としても佐野と同盟を結べれば西を警戒することをせずに済むのでより宇都宮に戦力を投入することができる。
ただ気になるのは婚約者の死後、女の気配がなかった豊綱に妹を宛がうということだ。事実はわからないが、話を聞く限り、豊綱は亡き婚約者に操を立てているようにとることもできる。果たして豊綱に妹を嫁がせるべきなのか俺は悩んだが、そこに小姓が側に駆け寄り俺に耳打ちする。それはさちからの伝言だった。どうやらさちは別室でここの話を盗み聞きしていたようだ。
そしてさちの伝言はこうだ。
『事情は聞いているけど私は佐野に嫁ぐ』と。
そこまで言われたのなら俺が悩んでも仕方ない。俺は使者に佐野家の提案を呑み、同盟の締結と縁談を了承する旨を伝える。相手が俺の同母妹であるさちであることを知った使者は大袈裟なほど頭を下げて感謝の意を示すと、佐野へ戻っていった。
後日、佐野家と小山家の間で正式に同盟の締結、豊綱とさちの婚約が決定した。さちの輿入れは準備期間もあり半年後に決まった。
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