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小山家一門衆談議

 下野国 祇園城 小山犬王丸


 すでにこの場にいる者たちは俺と大膳大夫が進めている石鹸の開発や農業の施策について把握しているので、思ったより話し合いは順調に進んでいた。特に農機具の開発や作業方法の変更によって収穫量の増産を確認できたことは右馬亮や政景叔父上も高く評価してくれた。投資費用が高くついたことは少し苦言を呈されたが、最終的に今後も継続することで理論上回収は可能との結論に達した。


 一方で石鹸については実物を知っている父上と大膳大夫に関しては特に異論は上がらなかったが、政景叔父上と右馬亮は石鹸を見たことがなかったので弦九郎に竹筒に入った石鹸を持ってきてもらった。二人は白い液状の形と変わった臭いがする石鹸におっかなびっくりしていた。そこで大膳大夫に石鹸について説明してもらい、実際に二人の手に少量の石鹸を垂らした。はじめは緊張していた二人も石鹸を使ったことで手についていた墨汁が落ち、水で石鹸を流し終えたあと綺麗になった己の手に驚きを隠せなかった。



「これはまた不思議なものですな。手触りは泥に近い気はするが明らかに泥ではない。見慣れぬ色合いゆえいささか不気味でしたが、手についていた墨汁が綺麗に落ちましたぞ」


「右馬助殿、儂も若から聞いた話だが、その石鹸には汚れを落とす以外にも戦傷の消毒や病の予防にも効果があるというらしい」



 あっという間に汚れが落ちたことに興奮する右馬助に大膳大夫が補足を加えた。



「なんと。恥ずかしながら、寡聞にして存じなかった。それが真ならこの石鹸とやらは戦にも使えるではないか」


「残念ながら事はそう簡単に上手くいかないのだ。犬王丸、改めて皆に説明してもらえるか」



 父上に促されると右馬助だけでなく叔父上や大膳大夫たちもこちらに視線を集中させる。父上と大膳大夫には以前説明したことがあったが政景叔父上と右馬助には初めてだった。



「この石鹸についてなのだが、現在開発は配合の微調整を残した最終段階を迎えている。順調にいけばひと月あたりで完成するだろう。しかしながらこの石鹸にはいくつかの課題が残されている」



 ここでひと呼吸を置いて叔父上たちの様子を観察すると、右馬亮や政景叔父上の表情は真剣そのもので子供を相手にしているような態度ではなかった。普通の子供なら泣きわめくような険しい顔つきをしているが自分にとっては逆に身が引き締まるのでありがたかった。もしかしたら子供の戯言を聞いてるような態度をとられるかもと思ったけれど、それは杞憂だったようだ。



「まずひとつが原料の確保。今の段階で製造方法を細かく明かすことはできないが、原料のひとつとして大量の獣脂を使用している。この獣脂の調達については猟師や動物の解体を手掛ける河原者の集団に協力してもらっているのだが、獣脂を得るにはその分獣を狩らなければならないからどうしても冬場の時期に偏ってしまい安定して調達するのは難しい。材料も可能ならば獣脂ではなく植物性の油を使えればより高品質なものが期待できるが、今の小山家にとって植物性の油を大量に消費できるほど財力に余裕がない」


「たしかに獣脂だとどうしても臭いがきついですからのう。果実の皮を加えたことでだいぶましになったとはいえ、完全になくなったわけではありませぬ。植物の油も若がおっしゃるとおり、現状獣脂より確保が難しいのは事実でございます」



 ヨーロッパでは材料にオリーブオイルを使っていたそうだが、この時代の日本には当然オリーブは存在しない。オリーブオイル以外に石鹸の材料に利用できる植物油は胡麻油や椿油などが候補となるが、現在の小山家の財力では石鹸制作に使えるほど大量に栽培できる余裕はなかった。また草木灰も理想としてはアルカリを多く含む海藻灰がよりベストだったけれど、小山は内陸で海から離れているため思川沿いに生える草木で代用している。後は配合の微調整で一応石鹸の開発が完了となり、正式に生産することができるところまで到達した。



「犬王丸よ」



 ひと通り現在の状況を報告し終えると、俺に説明を促してからずっと黙っていた父上がゆっくりと口を開いた。するとそれまで俺に質問責めをしていた政景叔父上と右馬亮は俺から父上の方へ体の向きを直す。



「はっ、何でしょうか父上」


「犬王丸、お主には一体何が見えておる?」



 一瞬の静寂の後、大広間に息を呑む音が聞こえた。



「……何、とは」


「それはお主が一番わかっているのだろう。先の石鹸といい、その前の農業のことといい、犬王丸がやってきたことはそれまでの常識を打ち壊すものばかり。だがそれに満足せずにさらに先を見ている。凡庸な儂には犬王丸が一体どこを見ているのかわからぬのだ」



 父上の切実な思いに俺は何もいえなかった。俺は父上をはじめ大膳大夫たちが俺のやることを否定しなかったことに甘えてひたすら内政の改革を進めていたことに気づいた。


 よく考えれば父上たちには新しい施策をすることを伝えてはいたが、なぜそれを行うのか、そして自分が何を目指しているのか周囲に伝えたことがなかった気がする。もしかしたら大膳大夫や弦九郎にも父上と同じことを思わせていたのだろうか。


 そう考えるとこの際に父上や大膳大夫たちにすべてを打ち明けるべきかもしれない。けれど一方で現代日本に比べて迷信が信じられていたこの時代でも自分が未来の日本人の記憶を保持して転生したと素直に告げるのは危険ではないか。迷信のひとつとして信じてもらえればいいが、下手すれば狐憑きや物の怪の怪異とみなされて廃嫡または幽閉、最悪命を奪われる可能性もゼロではない。言い方ひとつが命取りとなる。



「父上、私の見ている先は小山の未来ただひとつです。その未来を掴むには小山をより強く、より豊かにするべきだと考えております」


「それが石鹸だと」



 俺は父上の言葉に首肯する。


 石鹸も石鹸で大きな武器になるが同時に次の布石でもある。


 近隣に同規模の勢力と古河公方や関東管領といった大勢力に囲まれた小山を発展させるためには今のままではまだ足りないのだ。


 俺が欲しいのは石鹸のその先にあり、この小山家が他勢力に対して有利な状況にもっていくためには今後も必要不可欠となるもの。


 つまり、銭だ。

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