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上総錯乱(四)

 上総国 小弓城 小山晴長


 小弓城は落城し、義明の妻は家臣らとともに自刃して果てた。幸いにも城に火は放たれてはおらず晴氏はそのまま小弓城に入城し、戦後処理に当たっていた。しかし晴氏の顔色は冴えなかった。義明の妻が自刃したことに衝撃を受けているわけではない。ある人物たちが一向に見つからないからだ。



「ええい、まだ見つかっていないのか」


「城内を隅々探しておりますが、まだ……」



 高助らが晴氏の機嫌をとるが、時間が経つにつれて晴氏の機嫌はますます悪化していく。それでも人や物に当たらないあたり、まだ理性が働いているというべきか。俺も捜索に加わったが、晴氏の探す人物を見つけることはできなかった。


 日が暮れて捜索が打ち切られたが結局見つからなかったようだ。夜に開かれた評議でその旨が晴氏に伝えられると、晴氏は大きな溜息をついた。



「城内に奴らの姿はなかった。そう言いたいのだな」


「も、申し訳ありませぬ。城の様々な場所を探したのですが」


「本当に叔父上の子供の姿は確認できなかったのか……」



 晴氏が探していたのは義明の遺児たちであった。元服していた義純と違い、遺された子供たちはまだ幼いと聞いているが、晴氏からしたら歳のことは関係なかった。もし義明の遺児が生き延びていたら小弓公方の後継者として誰かに担がれて晴氏と敵対する可能性が高いからだ。



「おそらくですが、すでに城から抜け出していたかと」



 高助が言いづらそうに口を開く。



「となるとあの籠城は時間稼ぎか!」



 晴氏は膝を思い切り叩く。晴氏は義明の遺児たちの身柄を確保したかったが、それを読んでいた義明の妻に先手を打たれてしまった。いつ小弓城から脱出したかわからないどころか、どこに逃れたのかもわからないとなると手の打ちようがなかった。


 義明の遺児は息子と娘がひとりずつだと聞いている。息子の方は確実に義明の後継者として祀り上げられるはずだ。娘も名門小弓足利の血を引いているとなると引く手あまただろう。野心のある者からしたらその血統を利用しない手はない。



「これは面倒なことになりましたな。間違いなく遺児は誰かのもとに匿われているでしょう。しかしそれがどこの誰かはわかりませぬ。可能性があるのは真里谷か庁南武田あたりでしょうが、里見や北条という線も捨てられません」


「……北条だとなかなか面倒なことになるな。あそこは直近まで敵対していたとはいえ交流もしていた時期もある。分裂している真里谷や里見よりよっぽど頼りになるだろう」


「仮に北条が本当に匿っていたとしても素直に匿っているとはいわないでしょうな」



 諸将らも話し合ったが効果的な解決策は出てこなかった。



「どちらにせよ、こちらからできることは情報をもたらせば褒美をやると周知させるくらいか。効果は期待できぬがな」



 晴氏はそう結論づけると遺児たちの話を一度打ち切った。次の議題はこの小弓城についてだった。



「この小弓城についてだが、儂は原家に返還しようと考えている。原家は叔父上が奪うまではこの城の主だった。その叔父上が亡き今、小弓城は原家のもとに戻してやるのが道理だろう」



 どうやら古河公方家の直轄地にするのかと周囲から思われていたようで、晴氏が小弓城を原家に返還するという言葉に場がざわめく。



「ま、まことでございますか!?」



 胤清の主君である昌胤はつい声が裏返ってしまうほど驚いていた。胤清は驚きのあまり声も出ない様子だった。



「ああ、本当だ。儂が嘘をつくと思っているのか?」


「と、とんでもございません!」



 昌胤は慌てて平伏する。それに従い胤清も平伏するが、その両目には涙が溢れていた。



「小弓城の奪還は原家の悲願でございました……まるで夢を見ているかのようです」


「そうか、此度叔父上を滅ぼすことができたのはそなたの働きも大きい。これはその褒美だ。しっかり受け取るがよい」



 晴氏は優しい笑みを浮かべながら胤清をねぎらう。胤清は小さく「父上、叔父上……取り戻しましたぞ」と呟くと感極まったのか平伏したまま身体を震わせて涙を流す。その姿に心を打たれたのか周囲からも鼻をすする音が聞こえる。晴氏の小弓城の返還は胤清だけでなく他の武将の心をつかんだ。よく見ると一色直頼が感極まっている横で高助は満足そうに晴氏の方に笑みを浮かべている。ふと高助と視線がぶつかり合うと、高助は晴氏に向けていた笑みとは別の種類の笑みを俺に向ける。あれはどういう意味だったのだろうか。


 晴氏が諸将の心をつかんだ翌朝、小弓城にある一報がもたらされる。それは真里谷信隆が真里谷信応の籠る椎津城を攻め落としたというものだった。それまで真里谷城に籠っていた信隆は義明の敗死を知るとすぐに信応の椎津城を攻め落とさんと出陣し、敗戦で心盛斎と兵を失っていた椎津城をあっという間に攻め落としたらしい。信応は逃亡し、信応を支持していた有力な武将はほとんど討ち死にしたという。これにより真里谷家の家督は完全に晴氏が支援している信隆のものとなった。


 そしてこれは未確認の情報だが、真里谷家に保護されていた里見義豊が大戸城で殺されたらしい。詳細はまだわかっていないが、真里谷領の大戸城で殺されたとなると、信隆が殺した可能性が高そうだ。


 元々義明の命で義豊を支援していた真里谷だが義明が死んだ今、義豊を支援する意味はなくなった。信隆は密かに義尭を支援しており、義明派の義豊の存在が目障りだったかもしれない。この情報はあとで段左衛門らに調べさせることにしよう。もし事実なら里見の内紛も終結したということになる。


 これで明確な小弓側の勢力は庁南武田のみとなった。晴氏は庁南武田を攻め滅ぼす選択をせず、使者を送って古河に恭順するよう促す。数日後には庁南吉信から恭順の返事が届いた。



「恭順の証に当主が剃髪して隠居するらしい。名は吉信だったか。恕鑑亡きあと叔父上から信用されていたそうだが、変わり身が早いものよ。まあ、叔父上が死に、真里谷と酒井も古河側となった今では争う理由はないか」



 晴氏は興味なさそうに恭順の手紙を読み終えると、古河への帰還の準備を進める。義明の遺児が行方不明という懸念材料が残っているが、晴氏は宿敵小弓公方を滅亡させ里見以外の房総半島を支配下に置くことに成功した。あとは里見次第になるが晴氏の房総半島統一も夢ではない。


 小弓公方足利義明の滅亡という戦果を掲げて古河の軍勢は小弓城を出立する。そして諸将はそれぞれの城へと帰還していき、俺も久々となる祇園城への帰還を果たすことになる。

これにて長かった房総騒乱編は終了となります。


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