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上総錯乱(三)

 上総国 柏崎 小山晴長


 小弓公方足利義明の戦死によって小弓の軍勢は総崩れとなり、敗残兵は我先にと古河の包囲網から逃れようとする。もはや規律というものはなく撤退とは名ばかりの大壊走だ。俺たちも追撃に出ようとするが、そこに晴氏から待ったの指示が入る。晴氏は深追いすることをやめさせて、一度首実検をおこなうことを各武将に通達する。手柄の稼ぎ時だった武将からは不満の声が出るが、晴氏からしたら勝ちが確定している戦でこれ以上の犠牲は不要だった。



「さてまずは皆ご苦労だった。戦は我らの勝ちだ」



 皆の姿が揃うと、晴氏は諸将の顔を見渡しながら大きな声で笑みを浮かべながら勝利を宣言する。諸将の表情からも緊張の色が解ける。



「さっそくだが首が痛んでしまう前に首実検をおこないたい。本当に叔父上が討ち取られたのか確認するためにも非常に大事なことだからな」



 諸将も晴氏の言い分に納得し、自分たちが討ち取った首を用意する。今回は大規模な戦だったためそれぞれの武将たちも多くの首を討ち取っていた。


 そして少々時間はかかったが、なんとか首実検を完了させることができた。首実検の結果、あの赤い大鎧の武者は本当に小弓公方である足利義明本人であることが判明した。討ち取られたときに浮かべた表情がまるで鬼のようであったため、首が現れた際に肝が据わった歴戦の将たちもその風貌に驚愕を隠せなかった。晴氏も表情には現れていなかったが、冷や汗を流し、顔色は冴えなかった。


 義明以外の小弓側の有力武将の首もいくつかあり、今回判明したのは義明の弟である足利基頼、義明の嫡男足利義純、真里谷恕鑑の弟で真里谷信応の支援者である真里谷心盛斎だった。小山の兵が討ち取った大鎧を着た若武者は義純だったようで小山は大将の義明とその嫡男を討ち取るという大戦果を挙げることができた。これには晴氏も非常に満足したようで明るい声で俺を称賛した。



「叔父上だけでなく義純も討ち取るとはさすが小四郎だ。素晴らしい戦果ではないか」


「ありがたきお言葉。しかしこれも我が兵が頑張ってくれたのと千葉殿と原殿が酒井殿を離反させて戦況を変えてくれたおかげでございます」



 俺の言葉に晴氏は満足そうにうなずく。



「そうだな、此度は千葉介らの働きも非常に大きかった。酒井が離反していなければ叔父上はあそこまで孤立することはなかっただろう。だが大将とその嫡男を討ち取った小四郎が戦功第一位であることに違いあるまい。そこはしっかり誇るがよい」


「ははっ」



 結局、首実検や事前の策略を考慮した結果、戦功第一位が小山家、次点に両酒井を離反させた千葉家と原家、その次に基頼を討ち取った結城家、心盛斎を討ち取った国分家が続いた。



「ではこれより小弓城へ向かう。首実検の間で兵も休めただろう。叔父上は討ち取ったが小弓城を落とさなければ真の意味で小弓公方を屈服させたことにはならん」



 晴氏の言葉を合図に軍勢は小弓城に向けて進軍を再開する。小弓城までは敵の妨害もなく古河の軍勢は小弓城を包囲する。晴氏は一応降伏の使者を送ろうと考えて千葉昌胤を使者に選んだ。一時期義明の陣営に属しており、下総の名門である千葉家の当主なら使者として申し分なかったからだ。しかし使者として小弓城に向かった昌胤だったがその成果は芳しくないものだった。


 小弓城に籠っているのは留守を任されていた義明の妻と柏崎の戦いで敗れた敗残兵だった。昌胤は降伏して城を明け渡せば城兵の命は保障すると話したが、義明の妻は義明に似て古河に対して敵対心を隠さず昌胤の話を一蹴して徹底抗戦を唱えた。昌胤は素直に降伏すれば晴氏も惨いことはしないと必死に説得するが義明の妻は聞く耳をもたず交渉は決裂した。


 晴氏は交渉に失敗したことを詫びる昌胤を制止するが、溜息を漏らすことを隠せなかった。晴氏からしたら犠牲を抑えるために深追いをやめさせたのに、まさか追撃以上に犠牲が出る城攻めをすることになるとは思わなかったに違いない。義明亡き今、碌な抵抗はないだろうと踏んだ晴氏の考えは外れてしまった。



「はあ、失敗したな。これなら追撃させて完膚なきまで叩くべきだったか。保守的に動いたのが裏目に出たな」


「過去のことを悔やんでも仕方ありませぬ。今はどう小弓城を落とすか考えるべきですぞ」



 古河の筆頭家老である簗田高助が晴氏に檄を飛ばす。たしかに高助のいうとおり、今は小弓城を落とすのが先決だ。まず使者に向かった昌胤が声を上げる。



「さきほど小弓城内の様子を見たのですが、兵の数はそう多くありませんでした。おそらく力攻めでも簡単に圧倒できるでしょう」


「千葉殿、兵の数はどれほどだったのですか?」


「詳しくはさすがにわからぬが、ざっと三〇〇ほどはいた気はするな」



 政勝義兄上の質問に昌胤はそう答える。三〇〇前後か。そう仮定すると多く見積もっても五〇〇は超えないだろう。対してこちらは優に五〇〇〇を超える。その戦力差は一〇倍かそれ以上。



「原殿、小弓城を攻めるにあたって何か気をつけることはございますかな?」



 俺は近くにいた原胤清に話しかける。義明に奪われる前まで小弓城を治めていた原家なら小弓城の弱点を知っているのではないかと思ったからだ。



「そうですな。まだ原家が小弓の城主だった頃、儂はまだ当主ではなかったので細部については答えかねますが、小弓城は広大で小高い台地上に築かれております。見た限り儂が知っている頃より堀が多いようです。曲輪の数も増設されているかもしれません。台地を攻めるような形となるので上からの攻撃には注意が必要になるでしょう。しかし一方で守り手の数が少ないのなら広大さが仇となるでしょうな」



 胤清は若い俺に話しかけられたことに気分を害することせず、教えを授けるようにじっくりと小弓城の特徴を説明してくれた。気づけば晴氏らも耳を傾けている。



「なるほど。参考になります」


「いえ、お気になさらず。まあ、そう考えると力攻めでもよいかもしれませぬな」



 胤清は晴氏に視線を向ける。晴氏は一度頷くと諸将に対して準備ができ次第力攻めで城を落とすことを伝える。俺たちがそれぞれの持ち場に就くと本陣から合図となる法螺貝の音が聞こえてくる。


 俺と胤清は西から攻めることになっており、忠告どおり上からの攻撃に注意しながら進軍していく。途中逆茂木もあったが敵の攻撃が散発だったこともあり、無事に突破し城門まで辿り着く。


 周囲の堀は高く梯子をかけても登るのは少々骨が折れそうだ。城門になるとさすがに兵も数が揃っており、敵の抵抗も激しくなってくる。しかし数で圧倒するこちらが矢を飛ばしてくる城兵に射撃をおこなうと敵は矢の雨に思わず身を隠してしまう。その隙を狙って丸太を担いだ十数人の兵が門の閂を壊さんと城門を丸太で叩く。そして数撃丸太で叩かれると城門は呆気なく突破され、一気に兵が城内に流れ込む。これで勝負あったのか敵はまともに抵抗できずに蹂躙されていく。


 同じ頃、他の城門も突破されたようで各地から鬨の声が響く。そして古河の兵は本丸目指して突き進んでいき、一刻もたたないうちに小弓城は陥落。義明の妻は本丸の屋敷の一角で他の家臣や侍女らとともに自刃して果てていた。

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